2021.02.12 ドラゴンクエスト

 フローラとビアンカ、どちらと結婚するか選べるストーリー。そんな夢のような物語システムが今まであっただろうか。


 いや、そんな都合のいい現実はない。コマンド画面のままコントローラーを置いて何もない宙を眺めた。これは人生を左右する大切な選択であり、失敗は許されない。


 裕福で由緒ある家柄のフローラ。ロングヘアーで大人しく、優しい母親になるはずだ。美しい礼儀作法と強い正義感のある性格。


 ビアンカはおてんばな娘だ。ブロンドのショートヘアで活発、やりたいことはやるし、言いたいことはハッキリいう、可愛くて行動力のある女性。


 共に世界を冒険するならビアンカだ。共に国を守るならフローラだろうか。個人の意思だけで決めるべき結婚というものが、俺には簡単には決められない。


 だが俺はあの頃とは違う。同じ発想をするタイプのビアンカと結婚するのは危険な予感がする。縦の糸と横の糸……理論的に。


 時間を組み立てて、スケジュールを管理するのは俺のタイプ。例えるなら、旅行の大枠を決めて家族の行動を縦軸で管理する。


 嫁さんは横軸の管理をしてくれる。旅行先での着替えや靴、車内の音楽、もしもの場合の雨具や非常時の水分補給や、酔い止めなどは瞬間的な場面を想定して準備をするタイプ。


 これは遺伝子レベルで組み込まれた男女の脳の違いかもしれない。考え方、発想が違うから度々、何で準備に時間かかるんだよと腹をたててしまう場面もあったりする。


 しかし問題は、物語の流れがビアンカに向いているということ。いわば運命。これに逆らう行為は人として許されない気がする。


「パパ、むかしにドラクエやってたんでしょ? どっち選んだの」


「娘ちゃんも多分、迷ってビアンカを選ぶと思うよ。流れからしても大抵のやつは共に冒険してきた仲間を裏切るような選択肢をとれないから」


「うそっ、有村架純が声優のフローラ選ぶに決まってるじゃん。私なんかエクシリア2でヒロインか、兄さんのどちらか殺さなきゃいけなかったんだよ。ちょー迷ったからね」


「……テイルズすげぇな。フローラは金持ちだから結婚してあげる必要ないけど、ビアンカは一人で酒場で寝てるから、可愛そうだよね」


 子供たちと映画ドラゴンクエスト、ユアストーリーを見ている。映像がすごく綺麗で面白そう。何より悪評の映画は大好物な俺だった。


「可愛そうだからっていうのは違うでしょ。金持ちと結婚するほうがいいよ。颯ちゃんはどっちがいい?」


 姉から弟へ、好きなタイプを探るような質問に俺も耳を寄せた。


「俺はね、どっちでもいいや」


「おおーーっ」


 男前な台詞。当時の俺にはラスボスより大事なイベントだったのに、リア充な息子には愚問だったようだ。そう、真の勇者にはどちらでもいい。大事なのは世界を守ることだから。


「でも、この映画ぜんぜん闘わないから盛り上がらないね。しゅぎょーとか魔法覚えてレベルアップしていくのがドラクエじゃん?」


「……たしかに」


 スマホをいじりだす息子ちゃん。映画では、魔法使いの婆さんが主人公に薬を渡して、本当に大切に思っている女性が、どちらなのかを自ら気付かせるシーン。


 それがビアンカだと気付いた主人公は、フローラに会わずに旅立つ。婆さんは、二人の幸せを願い見送ったあとに、変化をとくと……。


 婆さんの正体はフローラ本人だったのだ。自分の幸せより二人の幸せを優先したのだ。なんて良い娘さんだこと。泣けちゃう。


「やっぱりだよ。だからフローラだって言ったじゃん。私は始めからそう思ってた」と娘。


「やっぱりって、驚いてたくせに?」


「アハハ。とにかく当たったでしょ」


 その後に山小屋で暮らし結婚、出産の展開。クライマックスで、すべてがゲームの世界だったという最悪の夢オチがくる。息子と娘はついに叫んだ。


「つまんねーーっ!!」

「つまんねーーっ!!」


 ああ……ドラクエよ、俺はいい。俺位のおっさんには、そういう展開もいいかもしれないとは思うよ。


 でも子供たちに、これ言われたら本当に駄目だよね。30年悩んだフローラかビアンカ問題は、どっちでもよくなった俺がいた。知っていたけど現実問題じゃないからね。決着をつけてくれてありがとう。



 

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