2021.02.05 セクハラ

 少し前のはなし。


「パパ、おっぱい出てきてない?」


「胸板の筋肉が弛んできたかなぁ。本気だすとワイシャツが裂けるけどね、ケンシロウみたいに。元々見た目ほどマッチョじゃないけど」


 息子がおもむろに俺の胸を掴んできた。身長が延びまくっていて、今じゃほぼ同じ背丈のおっさんの胸を。


「痛いっ、もう乱暴にしないでっ。ママのおっぱいを揉みなさいよ!」


「アハハハ。やだに決まってんじゃん、そんなことしたらセクハラで訴えられるし。パパの掴めるよ、やばくない?」


「お前のだって、そんなに強くやったら掴めるに決まってんだろ」


 セクハラなんて言葉をよく知ってるな。ちゃんと意味が分かって言ってるのか知らないけど。台所で変態っぽい二人が胸を揉みあっていたところを、背後で嫁さんが見ていた。


「……何してんのよ」


「違うよーっ、ちょっと確認してただけ」


 何が違うんだよ。でかい男が二人でいちゃいちゃしてるのを、冷めた目で見ている。颯ちゃんはそんな空気を読みとってか、思い切りママのけつをひっぱたいた。


 バチーーン!


「牛乳持ってこーいっ」


「きゃああっ。何すんの、お前の力で叩いたらすごく痛いんだからねっ、もう許さない。このやろ、このやろ、このやろ」


 意外と楽しそうに嫁さんが息子を背後からハグをしてるのを、今度は俺が冷めた目で見ていた。颯ちゃんは男らしい奴だと思いながら。


 夕飯を終えたとき、ふと嫁さんのでかいけつを見て、息子のように叩いてみたくなった。かつての俺には、息子以上に野性的な男らしさがあったはずだから。


 パチーン。


「酒持ってこーいっ」


「何、調子乗ってんの?」


「……ゴクン」


 冷酷な眼差しに、息を飲んだ。唾液は無く、カラカラに乾いていたせいで喉が張り付いたように俺の首を締め付けた。


「ご、ごめんなさい。ちょっと男らしさをアピールしようかと思ったんだけど、間違いだったかも。颯ちゃんにやられるのは嬉しそうだったからさ」


「嬉しくないわっ!」


 やり取りを見ていた息子は、笑いを堪えていた。娘ちゃんは呆れた顔をしてこう言った。


「うちで一番男らしいのはママで、颯ちゃんで、私で、パパだから」


「はあ!? そんなわけ無いだろ」


「アハハハハハ」


 落ち込む俺の肩に嫁さんは、そっと手を置いた。軽いボディタッチだったが、本当はパパが一番だと言ってくれている気がした。気がしただけだけど。


「はい、ビールでいい? 一緒に飲も」

 

「ああ。やっぱりカルピスサワーがいいな」


「……男らしくないわね」


 正直に言うとビールより、カルピスサワー、カルピスサワーより普通のカルピスが飲みたいと言いそうになったがやめた。


 素直にビールを分けあって二人で飲んだ。久しぶりのアルコールは少なくても十分だった。少しだけ嫁さんにもたれたら、息子が娘ちゃんに言った。


「ねえ、お姉ちゃん。親同士で子供作ったらさ、セクハラで犯罪だよね」


「キモイよね。不謹慎だよね」


「……!」


 まるで意味は分かってないみたいだ。でも、恥ずかしいからそういうことは言わないように。恥ずかし過ぎて一気に酔いもさめた。


 


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