2021.02.03 中学生の体力

「あれ、そうちゃんは?」


「ワールドトリガーとモンストがコラボしてるから忙しいらしいよ」


「……?」


 嫁さんは漢字検定準二級のテストも終わって、遊び回っている息子を心配している。男の子があまりにパワフルに遊びまくることが、受け止めきれないのだ。


「また友達の家に行ってるの? そんな悪い鳥が妄想で子供を産んだとかで忙しいとか、ぜんぜん意味分かんないわっ」


「すごい聞き間違いっ……説明すると長くなりそうだね」


「パパはさ、颯ちゃんに甘すぎるよ。何でも買ってあげちゃうし遊びも止めないし、あいつカラオケ行こうとしてたんだよ」


 息子はいつも忙しい。高校に入った娘ちゃんが暇そうに見えるせいか、中学生は特に忙しいように思える。


 そしてアクティブ。思えば四歳くらいの時だろうか、寝ている息子と嫁さんを置いて俺と娘ちゃんで朝マックに行ったことがある。


 オモチャをくれるマックは、いつも楽しみだった。蜂蜜たっぷりのモーニングセットは格別で、休日の朝からする贅沢のひとつだった。


 問題は近くにマックが無くて、まだ補助輪をはずしたばかりの娘ちゃんと駅までに、20分位かかること。更には駅の反対なのでコンコースを抜けて5分位歩くのだ。結構、遠い。


 途中にある陸橋を渡れば、もう少し近いが小さな子供と自転車で行くのは難しい。俺と娘ちゃんがパンケーキを前にしたとき、満面の笑顔でこちらを見ている子供がいた。


「……!!」


 ドッペルゲンガーか幻でも見ているのかと我が目を疑った。俺はニッコリと笑う息子に驚き、慌てふためいた。


「おいおい、どうやってここまで来たんだ。さっきまで寝ていたのに。うそだろぉ!?」


「ぷぷぷぷっ、俺ね、道知ってるから陸橋を走ってきたの」


「うそだあぁ! そうちゃんが二人いるんだろ。じゃなけりゃママに乗せて貰ったんだな」


「ぷははははっ、うそじゃないよ。ママに電話してみてよ、まだ寝てるから」


 俺は忘れていた。にわかには信じられなかったが、颯ちゃんは良い意味で体力馬鹿だった。迷子とか人さらいにあうような危険を顧みず、真っ直ぐに突っ走れる男の子なのだ。


「ねぇ、すごい。おれ、すごい?」


「う……うん。ビックリした」


 すごい体力だった。抱っこしている時に離しても自分でしがみついている赤ちゃんだったし、幼児靴が一週間でボロボロになっていることもあった。


 まだ幼い娘が、颯ちゃんと遊ぶときは常に全力を強いられた。娘ちゃんは三輪車を全力で押して、突飛ばしたが息子は器用にハンドルをきって対処していた。


 昨年の5月、中学に入ってすぐのゴールデンウィークに、颯ちゃんは自転車で四十キロ離れたディズニーランドに行った。


 ロードバイクに乗った少年サッカーチームの先輩に付いていってしまったのだ。ママチャリで……埼玉県から遥か遠い夢の国へ。


 休業中だったので閑散とした入口の写真だけとって、帰ってきたのだ。金も持たずポケモンGOの為だけに。


 部活がコロナ禍で中止になっても、先輩たちとサッカーやバスケをやりに行ってしまう。塾もある。週に二回、七時から十時まで。


 とんでもなく薄着で出かけようが、冷たい雨に濡れようが颯ちゃんは、頑丈だから大丈夫だ。そして勉強は苦手だが、頭以外は悪ところがひとつもない。


 まだ三歳位のころ、俺は颯ちゃんを乗せて全力で自転車を漕いでいた。あいつと遊ぶときはこっちも体力がいるのだ。


 ガン……。


「!!」


 急なカーブで息子の足が、ガードレールにぶつかった。颯ちゃんは泣き声をあげた。ブレーキをかけて、後ろの椅子から息子を下ろして足を見た。あざが出来ていた。


「うえっ、うえっ、うえええーっん!」


「ごめんっ! パパが悪かったね。痛かったね、ごめんね、パパのせいだね」


「うえっ、うえええーっん。違うよーっ、違うよーっ、パパのせいじゃないよーっ」


 驚いたことに、この子は泣きながらこんな言葉を叫んだ。ずっと、ずっと颯ちゃんに甘いパパだけど、それは仕方がない。


「えっぐ、ぐすんっ。違うよーっ、おれが足を出したんだから、パパのせいじゃないよーっ、うえええーっん」


 俺は今でも颯ちゃんを抱きしめた、あの夏の日を思い出すことがある。あの不思議な感覚に身震いした日を。


 颯ちゃんは前だけ見て走って行けばいい。いつだって、産まれたときからそうだった。人のせいにせず、自分の力で夢中になって突っ走れることが一番凄いって、知ってるから。


 大好きだから甘くても仕方がないのだ。もう、好きすぎてやられちゃってるから。でもコロナ禍だから門限は7時にしました。


 




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