2021.01.26 辛激の巨人

 誰かが言った。旅行にも遊びにも行けないなら、ネトフリを見たい。コンビニでカードを買って、お試し感覚で二~三ヶ月だけでも。


 地上波のテレビドラマが大好きな嫁さんは、わざわざ映画やアニメを見る時間なんてないと一蹴する。


 そもそも嫁さんは映画を見るよりバラエティー番組を見ながら「受けるっ」とか「やだあーっ、無理無理」とか言いながらゲラゲラ声を出して笑うのことが好きだ。


 物が落ちれば「キャー」と言い、テレビに向かって「うそっ!」と言える女性は希少だと知った。やってみろと娘ちゃんに言ってみたが、出来やしないのだから間違いない。


 うちの嫁さんはナチュラルボーンジョシーにしか出来ないリアクションがとれる、おばさんなのだ。


 若い時は本当に騙された。騙されたというと語弊がある、本人にしたら自然なリアクションなのだから。


 これすなわち、作品をじっくり観賞したり分析したりして見るタイプとは真逆の思考。だから感動する場面でも泣かないし、ホラーは絶対に見ないと完全にシャットダウンを決め込むことが平気で出来る。


 それでいいと思っていた。嫁さんがアニメに夢中になっていたら逆に辛い。ホラー映画や暗い鬱展開の番組なんかは一切見ないのが嫁さん流なのだ。


 それが正しい姿なのかもしれない。だが、こんな時代だ。子供たちと一緒に過ごす時間があってもいいと思った。


 嫁さんを引き込んで、こちらの世界に引き込んでやる。それに家族で週に一回位は映画を楽しむ余裕があってもいいと思った。


 娘ちゃんは、進撃の巨人が見たいらしく、息子くんはハイキューが見たいそうな。そして新しいテレビとWi-Fi環境も整っている。


「セブンイレブンには無かったけど、ファミマにプリペイドカード売ってたよぉ、わざわざ行ってきたから五千円のほう買っちゃったぜ」


「やった! パパありがとう」


「やった、パパ有能っ、最高!!」


「……」


 嫁さんだけは興味のない様子。むしろ怒っている。学童時代、いつもお迎えに行っていた俺より、たまーに迎えにいくママにばかり喜んでいた子供たちは、すっかりパパの虜になっていた。それだけでも笑える。


「パパっ……一番安いコースにしたのに、初回特典か何か分からないけど同時視聴できる真ん中のコースになってるよ」


「な、何だって。これは……やつらの手口だ、うまい商売考えるぜ。これじゃあ、とにかく急いで見なきゃって感じになってしまう。まあ、みんなで映画とか見ようよ」


「私は進撃見るから、バイバイ」

「おれはハイキュー見るから部屋行くね」


「えっ?」


 ちやほやされた時間、約二分。くやしいが、当然、嫁さんは進撃の巨人のような人が喰われるホラー系のアニメなど絶対に見ない。


「仕方ないなぁ、娘ちゃん。パパも一緒に進撃みるよ」


「ベルトルトライナーが大型と鎧だって知ってる? 漫画読んでるよね」


「えっ、大型ベルト……ライナーってパンティーライナーのことだっけ」


「は……はあ? キッも!! パパ、何言ってんの、まじでキモい、あっち言って。こっちこないでっ!!」


「な、何だっけ。あれ、何の話だっけ」


 不穏な空気が流れ、背筋が冷たくなった。俺はとんでもないことを、思春期真っ只中の娘ちゃんに言ってしまったようだ。弁明の機会は与えられなかった。


「話しかけんな、変態」


 終わった。ネットフリックスを家族一緒に見る計画は、終わった。素直に嫁さんと地上波のバラエティー番組見ることにします。


 

 


 

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