2020.12.12 いじめ(2)
俺は六年生になっていた。うちの親は、近所の苦情に対して毅然としていた。うちの息子はいじめなんかしませんと。
五年生に名前を呼び捨てにされ、走って逃げる姿は笑えるのだろうか。その日も連中は堂々と俺に攻撃を与えてきた。
親たちの評価と現実が食い違っていたのは明白に見えた。だから同級生で真面目を絵に描いたような高梨くんが、俺に加勢してくれた。
クラス委員長の呼び掛けで、何人かがそこに集まる。委員長は、五年生のリーダー、○池に向かって言った。
「話は聞いてるよ。喧嘩なんか、もう終わりにしなよ。僕たちの前で約束してくれ」
「……ぷぷっ、何言ってんだお前。喧嘩なんかしてねぇじゃん」
「なら、握手しろよ」
俺と○池は五年と六年、十人以上に囲まれて意味のない握手をさせられた。女子や中学生もいたかもしれない。
連中はゲラゲラと笑っていたが、俺には何が可笑しいのかさっぱり分からなかった。あいつと親友になるまでは。
佐○英二。そいつは学校で一番有名な、やんちゃ少年だった。陽キャでドラマのあばれはっちゃくをハンサムにしたような男だった。
明るくてよく笑い、女子からの人気も一番で誰とでも友達だった。体もでかくて、運動神経も抜群なやつだ。
俺の学年は5クラスあって、六年間ずっと2組だった俺は交遊関係が狭かったのだ。話したことのないやつが沢山いた。
「お前、まじ面白いな。何やってんだよ」
「はあ?」
英二は、俺という存在に興味津々だった。事情を話すと、○池の家に行って一緒に仕返しをしたいと申し出てくる始末だった。俺の仲間になりたいというのだ。
住宅街の隅を潜り抜けて、英二は俺に付いてきた。こいつは何か勘違いしているようで、期待した目で俺に言った。
「どうする? ゴミでも放り込むか」
「うーん、まずは玄関のドアスコープを泥かなんかで隠そう。それから、この空き缶を放り込んでやる」
「いいね!」
俺は泥団子を持って、鉄柵をこっそり開けた。素早く泥団子をドアスコープに押し付けると、また細い路地裏に戻った。
「……! 何してんだよ」
英二はちんこを丸出しにして、空き缶にションベンしていた。俺は、本当にこいつと友達になって大丈夫か心配になった。
「っぷぷ、ションベン爆弾作ってる」
「お前、バカだな……すげえ、バカだ」
「あは、アハハ! アハハ!!」
俺たちはゲラゲラ笑った。腹がよじれるほど笑った。後から聞いたら、それくらいやらないと俺にはウケないと思ったそうだ。
そんなノリで秘密基地を作ったり隠れ家を作ったりして、毎日夢中になって遊んだ。
ひとり、ふたりと俺と英二に付いてくる友達も出来た。そのころには、もう○池なんかどうでもよくなっていた。
俺に突っかかってくる連中には、はっきりと言ってやった。もう、忙しくてお前らと遊んでる暇はないと。お前は○橋の弟だな、お前の兄貴を知ってるぞ、という具合に。
体格差も変わっていたのだ。俺は、のび盛りの六年生。いつでも五年生を潰すことが出来ると知っていた。英二がいれば怖くなかった。
英二は学校と逆方向の俺の家に毎朝迎えに来てくれた。星を見に望遠鏡を持って、夜中の公園に行くこともあった。ずっと喋って笑っていたが、俺を気にしてくれたのだろう。
六年の二学期に佐○英二は都内の学校へ引っ越し、転校した。またちょくちょく遊びに来るからと言ったが、来たのは一回だけだった。
お別れ会や、沢山のことは覚えていない。だけど、あの半年間、俺と英二は親友だった。それだけは、はっきりと覚えている。
いつかトイレで○池が、誰かに「どけよ、デブ!」と叫んでいる声を聞いた。俺はそこに行って○池を睨み付けたが、何も起きなかった。
くだらない。こんなチビが、偉そうに吠えてやがる。みっともなくて見ていられないと思った。低俗すぎて関わるのも嫌だった。
俺が年下に追い回された過去は、消し去りたい事実だ。でも、そんな現実に興味を持つような変人もいるし、一緒に苦難を楽しみたがるやつだっている。
お前、まじで面白いな。本当に一番面白いよ……英二の笑った顔が浮かんだ。
はたから見たら笑えるような出来事だったのだ。深刻なのは当人だけ。英二とコンクリートに跡をつけたり、捨ててあったパターを折ったり、ドブに石を投げたりした。
世間や親たちの評価どおり、良くないこともしたが、俺には大切な時間だった。
これから先も泣きそうで、くじけそうになる場面はあるだろう。だからと言って後悔する必要はない。くだらない連中と付き合う暇なんかない。それでいい。
痛い目にあっても、絶対にそこで終わったりはしない。今はハーフタイムだと思えばいい。後半からいくらでも巻き返してやれる。
あんな出来事がなければ、俺には親友が出来なかっただろう。せいぜいクラス委員長やブランコ仲間くらいで満足していたはずだ。
だから一人で悩まないで、俺に話してくれ。英二みたいに君の仲間になるよ。立ち直る方法を知ってるんだ、笑い飛ばしてやる。
あれから佐○英二とは、会っていない。今は何をやってるのかも知らない。中学に入った俺は新しい友人が出来た。今度は学年一の秀才、Y岡ヒロアキである。
こいつの話はまたいつか。
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