2020.12.8 ダークサイド

 プレステ4でスターウォーズのバトルフロントIIと、フォールンオーダーを買った。中二の息子はプレステ5が欲しいそうだが、年末は忙しいし、アプリで予約するほど急ぐものでもないと思ってる。


 液晶のハンソロがミレニアムファルコンで飛び立つと、息子はコントローラーを俺に渡した。空中戦は苦手なので続きをやれという意味だ。


「どうしてジェダイって、ダークサイドに落ちるの? みんな初めは正義なんでしょ」


「パパの経験からいうと、大体は職場の人間関係だね。一緒に仕事すると、こいつなに考えてるんだろうってなるじゃん」


「話し合って解決しろよ」


「戦場じゃ、そんな暇はない。ママを見てみろ。でも最初からダークサイドのジェダイもいたんじゃない?」


「ああ、弟子とかいるよね。悪い師匠に育てられたら、最初から悪だよね」


「……うん、育て方とは耳が痛いな。それにブラック企業に就職したら自分の意思とは関係なくダークサイドだし、気をつけろよ」


 疲れた顔の嫁さんが帰宅する玄関の音。十二月は仕事が忙しいので、ドアの閉めかただけで機嫌が悪いのがわかる。


「ただいま~」


「おかえり、ママ。お腹すいたから夕飯よろしく。はやくして」


 最近の息子は食べ盛りなので、先ほど渡した黒糖パンも食べ終わっている。夕飯が待ちきれないようだ。俺は様子を伺うように話しかける。

 

「おかえり。そうちゃんのゲーム、すごく上手いんだよ。敵に囲まれたらピョンピョンと斜め後ろに飛びながら逃げるのが、笑える」


 ドサドサと荷物を降ろして、不機嫌そうに俺たちを見る嫁さんだった。翌日をリモート勤務にするときは会社から重たいノートパソコンを持ち帰らなければならない。


「着替えて、洗濯物を取り込んで、生協の荷物を冷蔵庫に移して、夕飯の準備が終わるまで……全部終わるまで笑えないわ」


「ごめん、悪かったよ」


 俺はコントローラーを置いて、嫁さんを抱き締めた。冷たくなった手が首にあたって跳び跳ねそうになった。


「義父さんも言ってけど、淳ちゃんは真面目で仕事を抱え込みすぎるって。残業はなるべく他の人に頼んでさ、無理しちゃ駄目だよ」


「……うん。分かってるんだけど、そうもいかないんだよね」


 俺は笑顔でコントローラーを掴むとミレニアムファルコンと共に空を駆け抜けた。


「そんじゃあ、夕飯よろしくー。ハッチは静かに閉めてね。ボロ船だから」


「……はあ!?」


 どうして余計なことを言ってしまうのだろう。女心は一つも理解出来ないのに嫌われるのは得意な俺である。嫁さんの血圧があがる。


「いいご身分よね! 自分はさっさと帰宅してシャワー浴びちゃってさ。何よ、颯ちゃんも170㎝もあるくせにパパに腕枕されちゃって、イチャイチャしてんじゃないわよ」


「……」


 バタンと音がして嫁さんは降りて行った。急に動きが速くなったので瞬間的で突発的なダークサイドだった。


「爆発した。ミレニアムファルコンも」


「カーハーサーンハーダイナマイッ♪ 一度、ダークサイドに落ちると戻れないんだっけ。パパ、謝ってきたほうがいいよ」


「うん。つーか、BTSの英語ひとつも言えてないお前も行くんだよ」

 

 険悪になりそうな空気だが、朝早くから洗い物や洗濯物やゴミ出しをやって皆の朝食を用意し、家を先に出るのは俺だから、分業は出来てるほうなのだ。


 仕事を少しは取って置いてあげないと、うまくバランスがとれなくなるだろ。内心ではそう思いながらも、愛する妻を手伝いに行く。


「いいよ、手伝ってくれなくて。ムカついたけど。それとも年末調整自分でやる?」


「アハハ……やっぱり全部終わったら、呼んで貰える? 笑えるようになったら、颯ちゃんがBTS歌ってくれるよ」


「ぷっ、あの英語ひとつも言えないやつか」


 台所に立つ嫁さんはとっくに笑っていた。最近は子供に手がかからなくなってきたけど、母性本能フォースは駄々漏れしているように見えた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る