2020.12.7 娘の部活

 期末テスト間近のふうちゃんは午後になってやっと起きてきたようだ。日曜日とはいえ、何時まで起きてたら昼の一時になるんだろう。


「テスト終わったら、バイトするから履歴書に親の署名が必要なの。名前書いてくれないかな」


「ああ、いきなりだね、いいけど。高校一年でもうバイトするのか。何のバイトよ?」


 聞くと駅前でクリスマスにケーキを売るバイトだそうだ。二日間だけの短期バイトだが、八時間も野外の寒空の下で販売をするのは、そうとうな肉体労働に思えた。


 娘には体力がない。いい言い方ならスレンダー、悪く言えばガリガリ。しょっちゅう昼寝してるし、バトミントン部は一日で辞めたという経歴の持ち主だ。


 高校の運動部が毎日三キロ走ると知っていたら、初めから入部しなかったと言ってた。それに素振りだけですぐ豆が出来て指の皮が剥けるから高いラケットも買いたくないと。


 お前の手はピーチ姫かっつーの。


 部活説明会で入部届けをだした娘は、翌日に入部届けを返してもらうことで、入部した形跡を残さずに、完全犯罪をやりとげた。


 その時の話をすると、娘は遠い目をしてこう言った。誘った友だちには悪いことをしたよ。まさか、私が裏切るとは思わなかったでしょうね……と。


 友人であるK子を誘い、バトミントン部に入る。僅か一日で辞める娘は涙ながらに告白したが、K子は優しく受け入れたそうだ。


「……本当にごめんね」


『ううん、バトミントン部に入るって決めたのは自分だもん。楓ちゃんを恨んだりしないよ』


「せっかく一緒に入ったのに、自信がないんだ。中学はずっと美術部だったから、運動部があんなに大変だって思わなかった」


『わかるよ。実は……楓ちゃんが誘ってくれて、嬉しかったんだ。私は友だちが居なかったから。だから、その気持ちは間違いじゃない。私、せっかくだから、バトミントン部で頑張ってみようと思うの。そのきっかけを作ってくれた楓ちゃんを恨んだりはしないよ』


「ぐすっ……あ、ありがとう。私たち、部活が別々でも、ずっと友だちだね」


『うん、ずっと友だちだよ』


 あの日、俺は娘の涙を見た。そして友人との大切な会話を聞いて、間違いはするけど確かに一歩一歩だけど成長している姿に感動すらしたのだった。


 大人になると、一度決めたことは、なかなか覆せない。間違えてもいいじゃないか。自分の道を模索するのは若者の特権なのだから。


 さすがの楓ちゃんも、その時ばかりは悩んで俺に相談してきたものだ。嫁さんにも前日から相談はしていたようだ。


「友だちに根性無しの意気地無しの、裏切り者だと思われたらどうしよう!」


「……違うの?」


「もしかしてだけど、体力が無くて、顧問や友だちに中途半端な怠け者だと思われたら?」


「……違うの?」


「楽なほうばかり選ぶ、駄目人間だって思われたらどうしよう!」


「だから……違うの?」


 確か、そんなやり取りが聞こえていた。その後、楓ちゃんはバトミントン部を辞めて自分の本当にやりたい部活に入ると言った。


 インターナショナルアクティビティクラブという、ボランティアや奉仕活動を通して語学を学ぶという素晴らしい部活だった。


 ハングルの書き取りだけして三ヶ月で辞めた。今度は裏切り者にはならなかった。一緒に四人で辞めたからだそうだ。


 ちなみに友人のK子も、楓ちゃんが辞めた二日後にバトミントン部を辞めている。部活で走りに行ったまま、戻らず辞めたそうだ。


 どう思うかって? 正直に言って、うちはラケットを買わないで済んだから、まだ良かったと思ってるよ。最小限の被害で済んだ。


 期待しすぎるのはよくないが、ある意味では少しも俺の期待を裏切ってはいない。そんな楓ちゃんが大好きだと思ってる。

 

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