第19話 新緑の季節

「ふわぁ……ねむ。」


欠伸で浮かんだ涙を拭いながらも、手元では手際良く作ったおかずやご飯を弁当箱に詰めていく。

包んだ弁当を机に置いてテレビで朝のニュースをぼんやり眺めていると、インターホンの音が鳴った。

2つある弁当の内1つを持って玄関へ行く。

解錠して扉を開けると、朝日に照らされて爽やかに笑う冴木先生がいた。


「おはよう、長谷川君。」


「おはようございます。これ、お弁当です。」


冴木先生はいつ見ても綺麗だし可愛いなぁ、なんて思いながら弁当を手渡すと、受け取った先生が目をキラキラさせた。


「ありがとう。これでまた今日も頑張れるわ。長谷川君の料理は私の元気の源だもの。」


「大袈裟ですよ。」


「大袈裟なんかじゃないわ。私の胃袋はもう、貴方に掴まれてしまっているのよ……」


それはそれでどうなんだろう。

先生と友達になって1ヶ月以上が経ち、こんな冗談も言ってくれるようになった。

もう何度か食事を一緒にしているしお弁当も作っているのだが、いまだにこうして喜んでくれるのはかなり嬉しかったりする。


「そこまで褒めてもらえると作り甲斐もあって嬉しいですけどね。……それじゃ、お仕事頑張って下さいね。」


「えぇ、ありがとう。長谷川君も、授業頑張ってね。」


「はい。また学校で会いましょう。道中、気をつけて下さいね。」


「お弁当を崩さないよう気をつけるわ。」


「違う、そうじゃない。」


冴木先生は冗談混じりに微笑んで学校へ向かった。

少しだけその背を見送った後、僕は扉を閉めて息をついた。


「……さて、ぼちぼち準備しますかね。」






高校2年生となってあっという間に1ヶ月以上が経ち、気温も上がり始めた5月の終わり。

そこそこ充実していたゴールデンウィークも過ぎ、僕は平凡な日常を楽しんでいた。


ちなみにゴールデンウィークはボクシングジムで練習したり、ジムの先輩とツーリングをしたり、手間のかかる料理を作って動画を撮影したり、冴木先生と夕飯を一緒に食べたりした。

ツーリングのお土産を先生に渡したら凄く驚いてたなぁ。

バイクに跨る僕をなかなかイメージできなかったようだ。

失敬な、身長なくてもバイクは乗れるんだぞ。


ともかく、そんなゴールデンウィークも終わって次の行事といえば体育祭である。

今日はクラスで体育祭の出場種目を決めると先生が言っていた。

狙い目は短距離走かな。


スピードにはそこそこ自信があるけど、バトンを渡す練習とかで時間取られたくないし。

かといって障害物競走なんかで目立つのも恥ずかしいし。

短距離走ならサラッと終わってくれるから良いと思う。

去年もそうだった。






「よーし、それじゃ種目を決めていくぞー。体育委員、仕切り頼む。」


担任教師の、高校生なんだから自分達で勝手にやってくれと言わんばかりのやる気のない態度に苦笑しつつ、体育委員の2名が教壇に上がった。

女子の体育委員が黒板に種目を書き、男子が教卓に手を置いて口を開いた。


「とりあえず希望を取るぞ。まずは50m走から。出場希望の人は挙手してくれ。」


すかさず僕は手を挙げる。

同時に結構な数が挙手していた。

やはりサラッと終わる短距離走は人気が高いな。


「あー……一応聞くけど、他でも良い人は手を下ろして。」


数人が手を下ろした。


「よし、んじゃ今手を挙げてる人はあっちの隅の方でじゃんけんしてくれ。それ以外は次の希望を取るぞ。」


彼の言葉に50m走希望の人達がゾロゾロと一角に集まる。

じゃんけんの結果、残念な事に僕は落選してしまった。

肩を落として席に戻る。

黒板を見ると半分ほどの競技は既に埋まってしまっていた。


「まだ種目決まってない人、手を挙げてくれ。……まだ埋まってない種目で、希望したいものはあるか?」


「んじゃ俺は騎馬戦で。」


「あ、俺も。」


「あたしは二人三脚。」


やばい、どんどん埋まっていく。

残っているのは代表リレーと大玉転がしと棒倒しと300mリレーだ。

大玉転がしとかで良いかな……と思い口を開こうとしたところで、前に座る野口が余計な発言をした。



「代表リレー、空いてんなら長谷川で良いんじゃね?」


「ちょっ……」


「え、長谷川くんって速いの?」


「こいつこう見えて運動できんだぜ。」


「あぁ確かに。体力測定でも確かめっちゃ速かったよな。」


体育委員の女子の疑問に何故か野口がドヤ顔をし、男子の体育委員もふむふむと頷いて同意した。

クラスメイト達も、女子は"へー"って感じの顔をして、男子は"それ良いんじゃね?"みたいな顔をしている。


「良いだろ、長谷川?お前が大玉転がしとか棒倒しとかは勿体ないって。」


何で"やったった"みたいな顔してるの?

誰も頼んでないんだけど。


「………わかった。良いよ。」


断りたかったけど、周りから期待の眼差しで見られまくって断り辛かった。

なんかもう良いや。

ただ走るだけだし。






その夜、泰野さんからメッセージがきた。


『こんばんは!今日Aクラスの友達から聞いたんだけど、長谷川君は代表リレーに出るんだってね!』


そして例の渋い兎が、やるじゃねぇか…って言ってるスタンプも送られてきた。

相変わらずギャップがある。


『まぁね。野口が余計な事言ったから。』


『凄いなぁ…長谷川君、運動神経良いもんね!』


……ん?


『僕、泰野さんの前で運動とかした事あるっけ?』


そう送ると、暫く既読がついたまま沈黙が流れた。

やがて返信がくる。


『去年の球技大会でたまたま見てたの!たまたまだよ!たまたま!』


たまたま言いすぎでしょ。

若い娘がたまたまたまたま言っちゃ駄目だよ。


『とにかく、頑張ってね!応援してるね!』


『ありがとう。』


……泰野さん、違うブロックなんだけど、応援してくれて良いのかな。


『ちなみに泰野さんは何に出るの?』


『……障害物競走、だよ。』


渋い兎が壁に寄りかかってズーンってなってるスタンプ。

たぶん泰野さんも周りに乗せられたんだろうなぁ。

障害物競走に推されるあたり、人気者の泰野さんらしいや。


『お互い、頑張ろうね。』


僕も応援してるよ。

うちの障害物競走の出場者は野口だからね。

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学校ではクールな女教師が僕の前では可愛すぎる 豚骨ラーメン太郎 @gentleman

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