第18話 弁当は手作りにかぎる
「お裁縫部は数年前に裁縫部が内部分裂を起こしてできた部活なのよ。」
裁縫部に何があった。
そもそも裁縫部すらも存在を知らなかった。
蒼雲高校は大した結果も残さないくせに部活が多すぎるんだよ。
生徒の自主性を重んじるとかで、とりあえず申請したら大抵の部活は設立できてしまうんだ。
「新しく設立したは良いけどほとんど活動はせず、ほぼ全員が幽霊部員だったから私は顧問になったの。何かしらの部活の顧問にさせられそうだったから、どうせならここでって思って。」
何の為に作ったんだよお裁縫部。
「その幽霊部員の方達はまだいるんですか?」
「いいえ、もう卒業したわ。」
「なら今は部員ゼロ?いや、だとしたら廃部になってますよね。」
「部員は1人だけ。3年生の子がいるわ。」
「あぁ、そうなんですね。」
「でも部室を使って良いのは放課後だけにしてるから、お昼は私が好きに使えるの。だからそこでお昼を食べているのよ。」
そういえばお弁当の話だった。
お裁縫部が衝撃的で忘れてたよ。
「なるほど……毎日コンビニ弁当ですか?」
「スーパーのお惣菜を持っていく事もあるわよ。」
「先生達だったら弁当屋に注文できたりするんじゃ……」
「そうしたら職員室で食べないと不自然になるじゃない。今日はお弁当じゃないんですか、とか言われても困るし。気配を消して抜け出す事ができなくなるわ。」
気配て。
というか冴木先生がそそくさと職員室を出る姿を想像したが、確実に色んな人にバレてると思う。
「なんというか……大変なんですね。」
不憫だ。
毎日人目を忍んで誰もいない部室へ行き、そこで黙々とコンビニ弁当を食べているのかと思うと、涙が出そうになった。
「……僕、お弁当作りましょうか?」
「えっ……」
「こうして家に招く仲ですし、良かったらお弁当くらい……」
「だ、駄目よ。流石にそれは駄目。そこまで迷惑かけられないわ。」
「でも、どうせ自分の分を作るんですから、大した手間はかかりませんよ。」
「ぅ…そ、そうなの?」
「そうなんです。」
というか、冴木先生にそんな不憫な思いをさせたくない。
せめて栄養のある手作りのお弁当を食べてほしい。
頼むから作らせて下さい。
「うぅ…でも…でも……」
「毎日は先生も心苦しいかもしれませんが、食事会と同じような感じで、たまになら良いんじゃないですか?」
「それ、なら……いやでも……」
大人としての、また教師としての意地があるようだ。
しかし手作りのお弁当の誘惑には抗えまい。
「週に4回くらい作りましょうか。」
「そ、そんなに多くは駄目だわ!」
「なら週に3回?」
「し、週に1回で十分よ。」
「間を取って週に2回にしましょう。毎週火曜と木曜にお弁当をお渡しします。どうですか?」
「ぅ、うぅ………お願い、します……。」
勝った。
作る側が頻度を多くしたがるという謎の攻防だったな。
でも仕方ない。
僕は冴木先生に美味しいと言ってもらえるのが大好きなんだから。
ということで、火曜と木曜は先生のお弁当も作る事となった。
これで相手が野口だったら面倒としか思わないけど、冴木先生だからむしろ待ち遠しく感じる。
そして火曜日。
僕は約束通りに先生のお弁当も用意した。
ちなみに弁当箱は日曜に先生が自分で買ってきていた。
なんだかんだで食べる気満々の先生可愛い。
「おはよう、長谷川君。」
朝、出勤前に僕の家に先生が寄る。
僕の登校より早く先生が出る為、こういう形でお弁当を渡す事にしたのだ。
「おはようございます。これ、お弁当です。」
「本当にありがとう。これで今日も頑張れるわ。」
冴木先生が瞳をキラキラ輝かせて包みを受け取る。
お弁当には先生の好きなポテトサラダを入れておいた。
毎回入れるつもりはないが、今回は記念すべき初弁当だからね。
「それにしても先生、朝早いですね。」
「えぇ、授業の準備とかもあるから。……あっ、もしかしてお弁当作るの急がせちゃったかしら。」
あらかじめ出勤する時間を聞いていた為、そのせいで早起きしたのかと不安げな顔をする。
「いえいえ、僕はいつも今日くらいに起きてるので大丈夫ですよ。弁当作るのも、2人分に増えてもかかる時間はさほど変わりませんし。」
「ほっ…それなら良かったわ。」
本当はいつもより少し早く起きたけどね。
安堵の笑みを浮かべる先生にそんな事言えないよ。
「そろそろ行かなくちゃ。」
「先生、お気をつけて。」
「ありがとう。お弁当のためにも頑張るわ。ちなみに今日のおかずは…」
「開けてからのお楽しみです。」
「ぅ…お昼まで我慢ね。」
「お仕事頑張って下さいね。」
「そうね。長谷川君も、勉強頑張ってね。4限目にまた会いましょう。授業中に眠ったら駄目よ。」
今日の4限目は数学だ。
「冴木先生の授業で寝るはずないじゃないですか。」
「よろしい……それじゃ、行ってきます。」
爽やかな朝日に冴木先生の微笑みが重なる。
まるで夫婦みたいだな…なんて恥ずかしい事を考えながら、僕は笑って手を振った。
「行ってらっしゃい、先生。」
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