第16話 夕食は穏やかなテーブルで
泰野さんとお昼を一緒にした週の土曜日。
いつものように上裸エプロンでマスクを被り、料理を作って撮影をした。
今日のマスクは鉄仮面だ。
某チューバーになって集め始めた僕のマスクコレクションは、プロレスラーのマスクや般若のお面を含め10以上に上る。
中でも視聴者に人気があったのはペストマスクだろうか。
17世紀頃、ヨーロッパでペストが蔓延していた時にペスト医師と呼ばれる人達が付けていたとされる、鳥の嘴のような形をしたマスクだ。
ネタになるかとネットで購入してみたのだが、これが意外に好評だった。
調理中にキッチンの壁に嘴の先をぶつけて「ぶひゃっ!」みたいになるのが面白いらしい。
コメント欄は「くちばしww」や「何故それを選んだ」、「顔晒せ」等のコメントで溢れている。
ちなみに今日作ったのは麻婆豆腐だ。
香辛料にこだわって、結構本格的なものができたと思う。
さて、動画も撮り終えた事だし、夕方まではのんびり編集でもしようかな。
ピンポーン。
編集作業に没頭していた僕は、インターホンの音にハッとする。
慌てて時計を見ると……もうこんな時間じゃないか!
「すみません、お待たせしました!」
ドタバタと駆けて玄関を開けると、微笑みを浮かべる冴木先生が立っていた。
「いいえ、大丈夫よ。お邪魔します。」
本日の冴木先生はベージュのフレアスカートにボーダーのニットを着ている。
ともすれば大人っぽい大学生のようにも見える。
つまり何が言いたいのかというと……冴木先生可愛い。
「今日のご飯は何かしら?」
ダイニングの定位置に着いた冴木先生が、目をキラキラさせて問いかけてきた。
先週の日曜日、僕は先生に"これからも一緒にご飯を食べませんか"と提案し、先生は遠慮する素振りを見せながらも受け入れてくれた。
僕は毎日でも一緒に食べたいくらいだったが、先生が流石にそれは申し訳ないからと固辞した為、妥協案として休日で僕の都合が許す日の夕飯を一緒に食べようという話で決まった。
今日は土曜日、もちろん休日である。
というわけで、楽しい楽しい冴木先生との食事会の日であった。
「今日は麻婆豆腐ですよ。」
「麻婆豆腐!これから作るの!?」
「いえ、実はもう作ってあるんです。というか、お昼の残りなんですよ。余り物で申し訳ないですけど。」
「あら、そうなのね。でも長谷川君が謝る必要なんてないわ。私はご馳走になる立場だし、長谷川君の料理は美味しいもの。」
やばっ、めちゃくちゃ嬉しいんだけど。
「これから付け合わせのサラダを作りますけど、ご飯は普通に白ご飯で良いですか?」
「…白ご飯以外に何かあるの?」
「麻婆豆腐をかけたりするなら、下をチャーハンにして麻婆チャーハンで食べる人もいたりしま「麻婆チャーハン!?」うわっ!!」
思わぬ食いつきに驚いてしまった。
「麻婆チャーハンっていうの、食べてみたいわ!」
「そ、そうですか。ならチャーハン作りますね。ちょっと待ってて下さい。」
「わかったわ。」
先生は子どもみたいにワクワクした様子で座っている。
こういうちょっと下品なのは嫌いかと思ったけど、意外に好きなんだね。
「さてと……」
エプロンを巻いてキッチンに立った。
当たり前だがマスクは被らないし上裸でもない。
「これが麻婆チャーハンなのね。とっても良い香りだわ。」
麻婆豆腐の香辛料の香りに加え、チャーハンの芳ばしい香りまであるからね。
「いただきます。…んっ……んぅ!」
麻婆豆腐とチャーハンを一緒にスプーンで掬い、口に入れた冴木先生が目を見開いた。
「おいひぃ!んぅ…ふぅ。複雑だけどとっても良い香りがして……ちょっと辛味が強いのね。」
「本格的に香辛料を配合して作りましたからね。先生、辛いの嫌いでしたか?」
「そうね。ちょっと苦手だけれど、これくらいなら大丈夫よ。味が深いから、あまり辛味をきつく感じないわ。」
「良かったです。先生に褒められると、自信が持てますね。」
「私が褒めなくたって貴方は自分を誇るべきだわ。これだけの腕前なんだもの。」
冴木先生は至極真面目な顔でそう言った。
それが先生の本心だと伝わってきて、なんだか恥ずかしくなった。
「あはは…あんまり褒められると照れちゃいますね。さぁ、食べましょう。」
「ふふっ、そうね。」
先生は楽しそうに笑った。
「このサラダも美味しいわ。さっぱりして、アスパラも青臭くなくて甘いわね。」
アスパラとトマトのサラダを食べた先生が幸せそうな顔をした。
「アスパラは一度茹でてから冷ましてあるんですよ。オリーブオイルも使ってますから、香りも良いんだと思います。トマトの酸味もありますしね。」
「色々と工夫しているのね……将来は料理人になるのかしら?」
「あー……今のところは、そのつもりはないですね。」
某チューバーでどこまでやれるか次第だけど、ひとまず調理師免許は取りたいと思ってる。
それからどうするかは……これからゆっくり考えていこう。
ただ、これからも先生に美味しいと笑ってもらえるような料理を作りたいと思った。
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