第15話 昼食は爽やかなベンチで
弁当を持った僕は昇降口で靴に履き替え、中庭に入った。
春から夏にかけての蒼雲高校の中庭は、青々とした木々に囲まれて涼しい風が吹き抜ける、爽やかな空間となっている。
ベンチも幾つか置かれており、昼間の陽光が気持ちの良い時間帯なんかは絶好のランチスポットなのだが、悲しいかなほとんどの生徒は教室か学食で昼食を済ませる為、中庭が使われる事はあまりない。
それでも清掃員さん達によって日々綺麗に整えられているので、落ち葉や雑草だらけだったり、虫がウジャウジャ這っていたりということはなかった。
僕は何度かここで昼食をとった事があるが、凄く快適で気持ちの良い場所だ。
まぁ、それでも教室からわざわざ出るのが面倒くさいから数えるほどしか来た事ないんだけどね。
「えっと、泰野さんは……あ、いた。」
中庭の奥の方、天然の屋根のように木々が空を覆っており、木陰になっているところ。
木の間から降り注ぐ陽光が暖かそうなベンチに、泰野さんは座っていた。
風に凪ぐ木々をぽけーっと見上げており、リラックスした表情が彼女の可憐さを際立てていた。
まるで一枚の美しい絵画のように見えて、思わず立ち止まる。
数秒ほど見惚れていると、泰野さんがふとこちらを向いて、目を丸くした。
「は、長谷川くん!いつの間に!?」
「たった今だよ。」
泰野さんの気の抜けた横顔を見ていたのは黙っておこう。
恥ずかしがり屋の泰野さんは、きっとアタフタしてしまうだろうから。
「う、うわわわ…わたし、めっちゃボーッとしてた。恥ずかしぃ……」
何も言わなくてもアタフタしちゃったよ。
ていうかボーッとじゃなくてぽけーっとしてたからね。
たぶん君が思う以上に気が抜けてたと思うよ。
「まぁまぁ、リラックスするのは良い事だよ。さぁ、お昼にしよう。」
持ってきた弁当をヒョイっと上げて笑うと、泰野さんは頬を赤く染めながら小さく頷いた。
「えっと、下手っぴだけど…こんな感じです。」
「おぉ!これ泰野さんが作ったの?」
恥ずかしそうに開けられた弁当箱の中身を見ると、彩り豊かなおかずが綺麗に並べられていた。
「うん…お母さんに見てもらいながらだけど、一応全部自分でやったよ。」
「凄く上手だよ!」
「で、でも卵焼きとか焦げちゃってるし、タコさんウインナーも足が広がってないし……焼き方が悪かったのかな。」
モジモジしながら言う泰野さんだが、僕から見ても十分に上手くできてる。
「卵焼きはちょっとくらい焦げがついてる方が家庭っぽくて僕は好きだな。もし焦げを無くしたいなら、白身をしっかり切って黄身と混ぜ合わせた方が良いよ。白身と黄身がバラバラだと焼きムラができて焦げが出てきちゃうから。あ、でも混ぜすぎて泡立たないように注意してね。」
「ふむふむ、なるほど。」
泰野さんがどこからか取り出したメモ帳にペンを走らせながら、しきりに頷いている。
勤勉だなぁ。
「それからタコさんウインナーの足を開かせたいなら、茹でるのがオススメだよ。香ばしさが欲しいならやっぱり焼いた方が良いけどね。」
「ふむふむ……ち、ちなみに長谷川くんはどっちの方が好きなのかな?」
「僕は焼いた方が好きかな。」
「ふむふむ。」
何故赤で書く。
「うん、美味しいよ。」
卵焼きを一口食べてそう言うと、泰野さんは安堵のため息を零した。
「はぁ…良かった。」
「泰野さん、料理上手じゃないか。知らなかったな。」
「実は、お母さんに頼んで教えてもらってたの。」
「へぇ、そうなんだ。偉いね。」
将来を見据えてってやつかな。
できて損はないよね。
……いや、冴木先生は他に良いところいっぱいあるから大丈夫ですよ。
「お、この卵焼き甘いね。」
「うん、うちの卵焼きはそんな感じなの。……長谷川くんのは違うの?」
「食べてみる?」
「えっ……い、良いの?」
「どうぞ。」
ちょうど弁当に入れていた卵焼きをあげる。
おずおずと卵焼きを箸で摘んだ泰野さんは、そのまま口に運んだ。
「あ、しょっぱい……美味しい!」
「良かった。僕はあんまり甘い卵焼きは作らないかな。嫌いじゃないんだけどね。」
祖父がしょっぱい卵焼きが好きだったから、これに慣れちゃったんだ。
「むむむ、そうだったんだぁ。」
あ、またメモ取ってる。
「長谷川くん、そのポテトサラダはお弁当のために作ったの?」
「あぁいや、これは昨日の晩御飯の残りだよ。」
「へぇ、そうなんだ!」
そんな風に雑談しながら弁当を食べる。
楽しいランチタイムだった。
その日の夜。
ベッドに寝転がってスマホで動画を見ていると、泰野さんからメッセージがきた。
『今日はお弁当の味見してくれてありがとう!とっても参考になりました!』
さらに渋い兎が片手を挙げて"ありがとよ"と言っているスタンプ。
あの可愛らしい泰野さんとのギャップが凄いな、と思いながら返信する。
『どういたしまして。こちらこそ美味しいものいただいちゃってありがとね。』
ううむ、こういう時に僕もお気に入りのスタンプとかあったらなぁ。
何かないかな。
『また今度、お願いしても良いかな?』
渋い兎がそっぽ向いてるように見せて横目でチラッとこちらを見ているスタンプ。
どんな感情やねん。
『もちろん構わないよ。』
『ありがとう!』
渋い兎がニヤッと笑っているスタンプ。
うーん、ギャップだなぁ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます