第14話 疑わしき好意は幸運と呼べるのか

「さて…泰野さん、わざわざ顔を見に来てくれたのは嬉しいけど、何でこの時間に?」


今は3限と4限の間の休憩時間である。

つまり、短い。

話すなら1時間後の昼休みに昼食を終えてからの方が時間的な余裕はあるはずだ。


「えっと、えっと…うぅ……」


何やら秦野さんがモジモジしている。

ここで"トイレ?"などと聞こうものなら、僕は1時間後のランチの代わりに女子達からのリンチを食らう事になるだろう。



「大丈夫。落ち着いて言ってごらん。」


泰野さんが言いにくそうにしている時は、こんな風に言ってあげると良いという事を、僕はこの数ヶ月で学んでいた。

そして狙い通り、ちょっと落ち着いた様子だった。


「あ、うん……えっとね、今日はお昼ご飯どうするのかなって。」


「お昼はいつも弁当だけど?」


「それは知ってる……じゃなくて。だ、誰かと一緒に食べたりするの、かな?」


僕はいつも普通に自分の席で弁当を食べている。

わざわざ移動したり友達と机を合わせて食べるとかいう事はしない。

ただなんとなく近くで食べている人と話したりする程度だ。

主に野口、たまに田所さんとか。



「なら……良かったら、一緒に食べない…?」


俯きがちに誘う泰野さん。

くっ、どうして僕は座っているんだ。

もし立っていれば、可愛らしい上目遣いを見られたかもしれないのに!!

今更立つのも不自然だし……今回は諦めよう。


「僕は構わないけど。泰野さん、学食じゃなかったっけ?」


ごく稀に学食を使う時があるが、多くの生徒の中にいても一際目立つ泰野さんを毎回見かけている。

確か以前、ご両親が仕事で忙しいから弁当はお断りして学食で済ませているって聞いた気がするけど。


「う、うん。いつもはそうなんだけど、今日はちょっと……お弁当、作ってみました…。」


穴があったらダイブしたそうな感じで顔を隠している。

可愛いけどそんな恥ずかしがらなくて良いんじゃないかな。



「そうなんだ。でも、何で僕と……?」


「その…長谷川くんに味見してもらいたくて……アドバイスとかもらえたら、嬉しいなって。」


泰野さんは僕の弁当が自作である事を知っている。

彼女がいつも学食を使っているという話をした時に僕の弁当の話もしたのだ。


「あぁ、そういう事ね。もちろん構わないよ。それじゃ、お昼に……どこで食べようか?」


「えっとね……あっ、授業始まっちゃう。」


日本史の先生が教室に入ってきたのを見て、秦野さんが時計に目を向けた。


「ごめん、詳しい事はメッセージするね!」


「あ、うん。了解。」


慌てて教室を出る泰野さんに手を振った。

そして冷静になって思い浮かんだ。

……何で最初からメッセージで連絡しなかったんだろう。






「おい、長谷川。」


「なに?」


四限目の日本史が終わった瞬間、野口がゆらりと立ち上がって振り向いてきた。

ジト目で僕を見下ろしている。


「お前、本当に泰野さんと付き合ってないんだろうな。」


「今更何言ってるのさ。付き合ってないよ。」


「でも、泰野さんから昼飯を誘うなんてお前以外ないんだぞ。他の男から誘われても絶対行かないし、周りの女子共親衛隊がブロックするからな。」


「そんな事言われても、誘ってきたのは向こうだし。」


「だから聞いてんだよ。あの泰野さんが男を誘うなんてってな。」


「そんなに不思議な事かな。」


休日の遊びのお誘いなんかも何度も受けてるし、一緒に遊んだ事もあるんだけど。

そういえば去年の秋くらいに、僕と泰野さんが付き合ってるみたいな噂が流れたみたいだったなぁ。

親衛隊やファンクラブの人達に詰め寄られて否定しまくったら、いつの間にか噂も消えてたみたいだけど。

泰野さんがわざわざ教室を移動してまで男子に話しかけに行くのがショッキングだったらしい。



「はぁ…自分の幸運に気付いてないのは、お前のもったいないところだな。」


野口が呆れたように溜息を零している。

幸運って言われても……流石に泰野さんが僕に少なからず好意を抱いてくれているのはわかってるよ。

僕としてもあんな美少女にお近づきになれて嬉しいし、もちろん嫌いではない。


好きだとまでは思っていないが、これからそうなる可能性は十分にあると思っている。

だから昼休みや休日の誘いなんかも受けているんだけど……周りから見たら気付いてないように思われてるのかな。


まぁ、好意に気付いてるとか言ったらファンクラブにリンチされちゃうから言えないけどね。

"調子に乗るな"とか"だったら告白しろよ"とか言われたくないし。

正直、泰野さんの気持ちを少し疑ってるところもあるしね。


昨年の夏、とある出来事で結果的に僕は泰野さんを助けるような形になった。

それがきっかけで泰野さんが僕に好意を持ってくれているなら、それは一種の錯覚なのではないかとも思ってしまうんだ。

だって普段の僕はそんなにカッコよく人を助けたりできないからね。


付き合ってから幻滅されるのは怖い。

だから今はまだ、泰野さんからの好意を正直に受け止める事が難しい。

泰野さんの気持ちを確かめ、自分の気持ちを確かめる。

今はそういう期間だと、僕は考えていた。




「おーい、大丈夫か?」


「え、あ…うん。」


目の前で野口に手を振られ、はっとする。


「何か固まってたぞお前。そろそろ行かないと、泰野さん待たせるんじゃないか?」


「そうだね。行ってくるよ。」


教科書類をバッグに片付け、代わりに弁当を取り出す。

そしてポケットからスマホを出して見てみると、メッセージが1件。


『中庭で良いですか?』


メッセージに加えてやけに渋い兎が耳を傾けているスタンプが送られてきていた。

僕は苦笑しつつ肯定のメッセージを飛ばした。

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