プロローグのための前菜 〜マリナの話〜 ②

 「ああっ、くそっ、あのババアめ……、」

体に力が入らない。まともに腕も立たない。どうしよう。音もせず、風さえも感じない静寂の中に横たわっていた。その空間に自分の体から暖かい液体が染み渡ることを感じる。終わりが近い。いやもう、しんでいるのだろうか。

ぼんやりする意識の中、黒く光る大きな物体が視界に映る。

人……?いや、あんな大きなツノを持つ人などいない。まるで羊のようだ。

『我を呼び出したのは貴様か?』

それは体の頭からつま先の奥底まで轟く低い声で囁いた。

「……」

『哀れな娘よ。あんな女に操られてしまったとはな』

「……」

『娘よ、お前が我を召喚するためにあの女は貴様の体を切り刻んだろうが、我にはそのようなことは必要なかったのだ。今ここで貴様が死ねば我はあの女と契約することになるだろう。……とは言えもう虫の息か。ではな』

すると、その化け物は足を止めた。

『ふん、気に入った。我の力を使わせてやろう』

流れ出した血が勢いを止め、体に力が蘇る。私はゆっくりと体を起こし、化け物に手を取ってもらい立ち上がろうとするが化け物は軽々と私の膝裏を持ち、私の体を抱えた。

「何するの?」

『おっ、話せるようになったみたいだな。だが無理をするな。貴様の体は普通の人間よりも傷が治りにくいのだ。大人しくしてろ』

「……まあ、ありがと。で、ここどこなの?」

『貴様らが生活する世界よりも高い次元の世界だ。ここには悪魔が多く住んでいる』

「……じゃああんたは悪魔なのね」

『そうだ』

「でも私、召喚の生贄になったはずだけど」

『ああ。無事に召喚できた。だがあのまま地上にいたら、貴様は死んでいただろうな』

「じゃあ、助けてくれたわけね」

『まあな』

「悪魔って優しいのね」

私が笑う

『ふんっ、貴様だけだぞ』

「ふふ、ありがとね」

『まったく……で、どうする?戻る?』

「そうね。私って召喚は成功してるのよね?」

『ああ』

「じゃあ貴方は私のものね」

『……ふっ、あの怪我を負ってよく覚えてるものだ』

「ふふふ、3年も前だからね。悪戯してやったわ」

『ならば我が貴様を抱えたまま降りてやろう』

「いいの?」

『どうせまだ立てないだろう?』

「……」

『では行くぞ』

悪魔は私をしっかり抱えて、闇の空間に切れ目を入れた。そこから淡い紫色の光が溢れる。それは次元を超えて移動するときに見える光だ。光に溶け込むことで下の次元に降りれる。


 悪魔は現れた。私の前に。彼を求めて数十年、ようやく手に入れた。……これで私も大魔法使いに!

両手を広げ光に手を伸ばす。床に落ちた哀れな姫君はもう召喚用の魔法陣に溶けて消えた。

「さあ、いでよ!私と契約しなさい!」

しかし、その光から影が出てきた。それは望み通りの悪魔の姿があった。それと、憎き才女の姿であった。

「残念だったね。彼は私のものだよ」

悠然と悪魔に抱えられる彼女を見上げ、腑に隠したドス黒いものがグツグツと火を出していく。

「どう言うことだ!?召喚の陣は合ってるはず……あっ!」

「ふふふ、書き換えさせてもらったよ。」

「だが、これは貴様の血を使って……しかも3年前だ!もうとっくに乾き切っているはずなのに!」

「その3年前に書き換えたのさ。でも、彼を召喚するために私を生贄に捧げる必要はなかったみたいよ」

「へっ?」

「ね?」

『ああ。我を呼ぶには召喚者の血液が数滴あれば良いのだ。まあ、呼ばれても出ていくかどうかは召喚者の実力次第だな。』

「な、なんと……」

「まあ、貴女の持ってた書物には悪魔を召喚するには魔力の強い人間を捧げなければならない、と言う風に書いてあったと思うのよ。しかも、その陣は生贄に捧げる人間の血にしなければならないと。だから貴女はそれに従った」

『なぜ誤った情報が伝わったのだ?』

「ふふ、それは見てればわかるわ。ごめん、ちょっとおろしてくれる?」

『大丈夫か?』

「うん。魔力が回復してきたから。えーっと、箒……あったあった。よいしょ」

姫は悪魔にゆっくり下ろしてもらい、自前の箒になってぷかぷか浮いた。

「ふーっ、ありがとね。さて、……お父様を呼びましょうかね」

「まっ、待って!なんでもする!お願い!呼ばないで!」

「えー?でもあんた、私を殺そうとしたでしょ?」

「あれは……その……」

「言い訳なら聞いてあげてもいいよ」

この女……!

「ねえ、悪魔!召喚しただけじゃ契約したとは言えないはずよ!」

『たしかにな』

「じゃあ、私と契約しなさい!何が欲しいの?」

『なにもいらん』

「え?」

『我が求めるのは強さ。それ以外はいらん』

「なら!」

『だが残念だったな。我はもうその娘と契約する気でいる』

「なんでよ!」

『答えはもう教えたぞ』

ああ、憎たらしい!なんであの小娘が私よりもいい思いをしてるんだよ!これだけ時間をかけて、国王を騙して、やってきたのに……!私なんか、無理やり寿命を引き伸ばしたから、体なんかもうとっくにボロボロなのに。

「……いやよ!このまま終わるなんて!」

崩れ落ちる。


 「エリシカ、お父様を呼んでくるわ。」

「……」

彼女は扉を開けて外に出て行った。






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神のいたずら 赤月なつき(あかつきなつき) @akatsuki_4869

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