第4話 会話

「あ、はじめまして、あの、…古吉こきつって言います。 さっきは本当にごちそうさまです。助かりました」


「あれはお詫びだから、気にしなくていいって、それにしても、えっと、ごめん。なんて?」


「えっ?」


「ごめん、名前が、良く聞き取れなかった。コキツ?…さん」


「あ、あぁ、そうです。古いに、あの、おみくじの吉で、古吉こきつです」


 変わった苗字の女性だ。香川は、これは良いカードを手にしたな。と思い、早速そのカードを使った。


「珍しい苗字だね。で、それは、だいたいどの辺りなの?」


「えっ? はい?」


「小吉より上? でも、古くからある『吉』って感じだから、『吉の長老』って感じたよね」


 古吉こきつと名乗った女性はポカンとした顔を見せる。香川はすぐに次のカードを切った。


「縁起の良さそうな名前だね。周りの人にそんな風に言われない?」


 あまり、早口で話してはいけない。こちらが言い終わるより早く、相手が何を質問されているか 予想できるように聞くのがコツだ。こちらが 質問し終わる頃には、相手の答える準備が完了できているように、ゆっくりと。


「ん〜、あんまり、言われた事ないですね」


 否定系で答えさせてしまった。少し、失敗だ。


「珍しい苗字だとは良く言われるでしょう?」


「あぁ、はい、それは。 コキチとか、フルヨシって良く言われます」


「あぁ、フルヨシ。そうだよね。普通、そう読むよね」


 香川は空中に「古吉」の文字を書きながら言う。そうやって古吉の視線を誘導して、自身は古吉の事を観察した。

 ダウンの下にプルオーバーのパーカー。薄い水色のジーンズ。スニーカー。リュック。中華食堂に一人で入れる女性。ショートカット。シルバーのピアス。 独身?指が見えない。耳の後ろの痣。


「さっきのところ、値段が安くていいよね」


「はい。狭いですけどね」


 ネガティブ思考。ならば……


「外人の店員さんがいるでしょう?」


「あぁっ、はい。います、います」


「ちょっと、注文取りに来るの遅いよね」


「はいはい、遅いってゆうか、ちゃんと伝わってるか心配になります」


「分かる分かる。そこら辺がタマに傷だけど、この時間に帰ると、自炊する気は無くなっちゃうからね」


 共感するのが大事だと、香川は知っている。


「そうなんですよ、不経済だとは思うんですけど、私、そもそも料理しませんし」


 遅い時間の帰宅。料理はしない。


「料理は大変ですよね、作った後と食べた後も洗い物しなくちゃいけないし、僕も自炊はあまりしません」


「はい…」


 言葉数少なく返答するのは良くない傾向だ。


「もしかして、家事が苦手?」


「はい、ほとんどしません、部屋も汚いです」


 気にしている事は、大した事では無いと笑い飛ばしてやるのが良い。

 香川は大袈裟に笑った。

 笑いながら、部屋が汚いと言う発言から、保険をかけるタイプなのかと推測したが、それを判断するには情報が足りなかった。今のタイミングで口の辺りに手をあてるなどの、分かりやすい 行動を取ってくれれば良かったのだが。

 笑いながら、そんなことを思う。


「——あぁ、古吉さん素直なんですね。 でも、男の部屋の汚さを知らないでしょう?黴の生えた空き缶が、平気で転がっていたりしますよ。何かにハマってるヤツは特に酷い。自分の知り合いに映画好きにのヤツが居ますが、部屋は綺麗ですけどコレクションで埋まってて、生活ができない。」


 軽めのカードを切っておく。

それにしても、このは、身振り手振りが少ない。視線も前を見たきりほとんど動かさないので、このの気持ちを落ち着かせてしまうと 何を考えてるか分かり難くなる。


「古吉さん、ベータとかVHSって知ってる?」


「えっ?」


「あの、カセットテープのでっかいヤツなんだけど」


 カセットテープの方が認知されている。


「あぁ、はいはい、父がたくさん持ってました」


「そいつの部屋はそれで埋まっててね。 お父さんはそう言うのが好きなの?」


「映画?ですか?」


「映画でも、映像関係でも」


「どうなんでしょう? そう言えば父の趣味って知りません」


 香川は笑う。父の趣味を知らない?out of standardかな?そんな疑惑が頭をよぎった。

 父親に興味の無い娘はたくさんいるだろうが、だからこそ文句が言いたいが為に、父親の趣味を知っていたりする。


古吉こきつさん自身の趣味は?」


「私ですか? 私は……本が好きです」


 自分の友人は映画が好きだと言う情報で、相手が何を好きか語らせる。

 ポーンでルークを取るような感じだろうか。


「へぇ!僕も好きだよ、気が合いそうだね。何かお勧めはある?」


 これは素直な感情が出た。

 ルークを前に出すが、


「……まだ、読んでないんですけど」


 そう言って、本を差し出してくるが、自分のお勧めを言わない。警戒心の強い子だ。

 クイーンが取れない。


「あぁっ、コレ、いいよね。……って、まだ読み終わってないのか。映画化もされたよね」


「みたいですね、帯にルビーの人が写ってました」


 ルビーの人。

 香川はまた大げさに笑った。

 笑い終わったあと、香川は唐突に仕上げに入る。


「––––––ルビーの人かぁ、古吉さん本当に面白い表現するね。 もっと、お話ししていたい気持ちはあるけど、時間 大丈夫? 趣味を知らないお父さんに怒られない?」


「ひとり暮らしなんで、大丈夫です」


 大事なところでは無警戒だ。

 香川は本気で心配になった。


「だから、僕が変なヤツだったら、危ないから そう言うことは言っちゃダメだって」


「香川さんは変な人なんですか?」

 悪手だ、思いがけずクイーンが取れた。


「なんで、変な人じゃないと思うの?」

 ナイトを飛ばす。


「それは、その、ご飯を、ご飯のお代を出して下さったし……」

 ポーンを張って守ろうとするが、


「そう言えば、さっきなんて言いかけたの?」

 ビショップで囲って


「えっ?」


「ほら、さっき、僕が怪しい人間じゃないって理由を言った時に、『それとあと…』って言いかけたでしょ?」


「えっと…それは」


 もう、一押しかな?


「それが理由で、僕の後ろにいたんじゃないの? いきなり知らない人がいたからビックリしたよ」


 知らない人間に後ろに立たれたら不愉快だと言う感じで、少し声を落としておこう。たぶん、これでチェックメイトだ。


 香川の予想通り、ユウは投了を宣言した。

けれどそれは、香川の予想外の投了の言葉だった。


「––––っているのを見たんです」


「えっ、ごめん、なんて?」


「買っているのをみたんです!」


 いきなりの大きな声に驚く。


「な、なにを?」


「ラノベを買っているのを見たんです」

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