肆場 四

「いくぞ弁慶」


吉右衛門が頃合いとばかりに声を掛けてきた。


「ちょっと待って吉右衛門」


霞が弁慶と入れ替わるように義経の前に歩み寄ると、義経を注視し……


「九郎……あなた、そんな人ではないでしょう? もっと他人の事を思える優しい人だったじゃない。なぜ、そんな風になってしまったの? よく思い出して、自分自信がどうなりたかったか?」


義経は、霞が薄暗い部屋の中で義経が忘れていた、忘れたかった昔の事を言い当てて来たことに驚いた。と、同時に今の自分と違うなりたかった自分の相違に胸を締め付けられていた。


『なりたかった自分……少なくとも今のこれだったのか? これでは……ない……』


霞は既に部屋を出て吉右衛門のもとで義経の姿を憐れむ様に見つめていた。


三人が庭に下りて歩き出すと


「待て! 待ってくれ! 俺を連れてってくれ! 頼む!」


部屋の入口から半身出して三人の背中に懇願していた。


「あ~? 何言ってんだ、お前。俺はこの通り、一騎当千の強者にしか興味がねぇんだよ。強くなってから出直してこい、青瓢箪あおびょうたん……さあ! 引き上げ---」


鈍い金属音がこだました。


吉右衛門が、視界に入った何かを太刀で掃った音だ。

黒い霧が生じた矢が地面に突き刺さっている。


「霞、後ろに下がれ。弁慶俺の右斜め後ろだ。弁慶、今の矢は見えたか?」


低く呟くように話す吉右衛門の様子を見て二人はこれが尋常な物ではない事を感じ取った。


「ああ、見えたぞ。昔から目は良いのだ」


「そうか。霞、あいつらを捉えているか?」


「わからないわ。なんで?」


「あいつらは人間と違う。少し反応が違うんだ。出てきたらそいつの反応をよく見て置け、それから、そいつと同じような感じの奴を探せば捉えられる」


吉右衛門は靜華が言っていたことをそのまま霞に伝える。何とも曖昧な表現がてんこ盛りだがそれで伝わるか靜華を信じて伝えた。


「弁慶、これから、来る奴は少ばかり反応が早いのと心を読んで先回りしてくる。いちいち驚くな。霞、全員の速度を上げろ。限界までだ。」


「わかったわ」


霞の奏でる篠笛の音が屋敷を包み込む。


四人の身体が黄金色に一瞬だけ光った。


『ほ~う。面白い』


吉右衛門は霞のかけた速度向上の術が義経にも効果が出たのを見逃さなかった。霞の掛けた技は誰にでも効果があるものではない。静華が以前、言っていた。”適合者”なる者のみが受けられる神の力添えなのだと。


「おい! 青瓢箪! お前の入門試験だ。ここで一人でも倒せたら俺が面倒見てやる。やってみるか?」


屋敷の廊下に佇んでいた義経に吉右衛門が声を掛ける。義経は自分の身体が光ったのを見て驚いていたところだが、向き直り、


「やる。やってやる。俺は強くなりたいんだ、誰よりも。頼む、俺を強くしてくれ!」

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