参場 上

「おい。名を名乗れ!」


吉右衛門が太刀の柄に手をかけて低く唸っている。既に身体は前方の敵に向けられ、後は太刀を抜くだけだ。

京の街を少しばかり外れた竹林が続く小路だ。吉右衛門は精の退治依頼を受け実地の確認から屋敷に戻る途中で襲われている。

本番では無いので靜華の同行は不要と断りを入れてここまで来たので一人対複数。恐らくは四人程度だろう。


 依頼を受けた場所は竹藪が広がる廃寺で既に大分の年月が過ぎているのか境内は荒れ放題だった。しかし、それは、自然や人の手によるもので具体的に精の痕跡を見つけることが出来ず。また、日暮れも迫っていることから探索を一旦、切り上げて来たところだ。


『と言って名を名乗るような連中ではなさそうだな……』


吉右衛門は襲われる理由を考えていた。


『駄目だ。沢山ありすぎる』


「ごめんなさいで通してもらえるかな?」


半笑いの吉右衛門は正面の敵と林に伏せているものを含め4人である事をこの間で確認していた。林に伏せているものは弓をつがいで既に狙っている。


『射かけてこない事を考えると殺す以外の別の目的か?』


吉右衛門達が対峙する小路は道幅二人分。下手すると身体を捻ってすれ違えるかどうかといった狭さである。正面で太刀を抜く男の一歩後ろにもう一人。そして、両側の林の中からそれぞれ一人が弓で狙っている。


「大滝吉右衛門だな」


「ほ! 喋れるのか? なら、もっと早く挨拶が欲しかったな。それも、笑顔でな。だが、残念ながら、人違いだ」


「余計な事は話すな。俺達の言う通りにしろ」


「おい! お前。人に頼みごとをする時はどうするか母上に教わらなかったのか? それに、これでわかりましたとでも言わせられる相手だと思っているのか?」


「言わせられるとも。今頃、お前の美人の奥方が捉えられて人質となっている。あの女の命が惜しかったら俺たちの言う通りにしろ」


にたりと笑う先頭の男。


「あ~。それは参ったな。お前! 今すぐ降参しろ。お前の仲間は既に捉えられている。しかも、全てを白状させられているぞ。つまり、俺はお前たちを生かしておく理由がたった今無くなっちまった。どうする? 10数えて待ってやる。ごめんなさいして逃げ出せ!

1

10!」


正面の男の喉元に突きを入れ、太刀から手を離した。そのまま、すぐ後ろで構えている男の眼前にピタリと顔を合わせて吉右衛門の右手は男の両手を拘束している。そこから、その男の腰の脇差を左手で奪い腹から心臓を斜めに一突きするとそのまま切り裂いた。その瞬間二人目の背中には弓が二本刺さっている。


二人目の身体を背中に担ぎ、後ろで呆然と立っている一人目の首から太刀を奪い返し左手で持っている二人目を盾代わりに右の林に移動。弓をつがえるている三人目を死体にした。

もう一方の林にいた4人目は小路に出て逃げ出している。


「忘れ物だぞ!」


そう言うと足元に落ちている弓を拾いあげ、矢を放った。

四人目の背中の真ん中に命中した。走って逃げていた四人目はそのまま頭から倒れこんでピクリとも動かなくなった。


「あ~。この着物。血だらけだよ。本当に……

もう、着れねぇじゃねぇか! くそっ!!」

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