弐場

 今回の精の退治の依頼をしてきたのは都で権勢を誇る平家の者だった。おそらく、都での人気取りの一つなのだろう。依頼主は全く初めての者ではあったが現在客を選り好みしていられるような状態ではなかった。有体に言えば明日の食い扶持も底をつきかねない状況なのだ。来たものは拒まずそれがこの二人の立ち位置だ。


「大滝吉右衛門祐正まかり越しました」


隣で靜華が伏せながら笑っている。靜華は吉右衛門の本心とこの態度のギャップに可笑しさをこらえきれず人知れず爆笑中なのだ。


「おお、吉右衛門。首尾は如何じゃ?」


目の前の御簾の中から声が聞こえてきた。


「はっ、顧邵沼にて下級精を一体討ち果たし御霊としてお送りいたしましたので、ここに報告いたします」


吉右衛門は床に向かって喋っている。


「そうか、そうか。それではその物語など聞かせてくれるかの?酒を用意いたすのでな」


昼過ぎに屋敷に行った二人が解放されたのは、もう西の方角が茜色に染まる頃だった。


「靜華。アンナンで良かったか?」


「まぁ。ええのんちゃうやろか。欲張ったらあきまへんえ」


二人は屋敷の帰りすがら頂いた褒美を分け合って歩いている。


「しかし、何だ? あの連中は貴族になったつもりなのか?」


吉右衛門が言えば、


「まぁ。今どきの平家は、あんなですやろ。ウチらには関係ない事や。金をくれるんが正義なんやよ。どないしたん? 田舎侍があんたと同じ貴族様のまねごとをしとうのは許せんってこと?」


靜華がいたずらっぽく唇に笑みを浮かべている。

この顔をしているときは、吉右衛門は靜華が想定しているであろう答えをわざとはぐらかすように努めているのだが、今回は


「そうだな、俺もそうなんだな。落ちぶれているがな。ご覧の様に田舎武士の成り上がり者共に傅いて日々生活しているしな」


靜華の望み通りの答えを吐いた。

二人は話をしている間に五条通りから下って最初の曲がりを抜けた先にある屋敷に帰り着いた。


この屋敷は数代前の当主がここに建てた屋敷で吉右衛門はここで生まれた。その当時が最も貴族としての力を持っていた時代だ。残念なことにそれ以降、大滝家の権勢は続くことは無かった。さらに言えば今が最貧なのだ。そこで、先ほどの靜華の話に繋がるわけだ。


「今日は飯にありつけたな」


「今日って。ご飯は毎日いただいてますやん。毎日、食べるのに困ってる者もいる事を考えたら、ウチは幸せやで」


屋敷の奥で今日は焼き魚を食べていた。靜華にとってはそれほどの華美な生活は望んでいないので今でも十分と言ったところである。それに対し、かつての栄華を知る貴族の吉右衛門は今の自分に誇りはもてていない。さらに言えば目の前の美人ぐらいには良い生活をさせてあげたいという男の見栄が見え隠れしていた。


行燈に照らされ程よく揺れる照明の中、靜華は大きな黄色い瞳を潤ませている。瞳はいつも潤んでいるので潤ませているという表現は少しばかり行き過ぎな感じではあるが、行燈の揺らぎが瞳に反射して、それを見ているだけでも吉右衛門は心を持っていかれそうになっている。さらに、膳の前で微笑みながら焼き魚と飯の入った椀を交互に細く白い指に持つ箸でちょうどいい大きさにして食べている。そのたびに吉右衛門を見やり、とめどない会話を継いでくる。会話を継ぐ唇は薄いが程よく血色がよく、その動きを見ていると何やら身体の奥から熱い熱が込み上げてくるのだがその正体と吉右衛門は真正面から向き合えずにいた。


「俺は、お前にもっといい生活をさせたいんだ!」


今日は膳に酒を付けたのがいけなかったようだ。吉右衛門がいつもよりも執拗にその点を強調している。


「それには、金だ。もっと金があれば静華はお姫様だ。なぁ静華姫!!」


「なんやろ。今夜はどないしはったん?」


静華には何となくわかっていた。


吉右衛門は子供の頃に裕福な生活をしていたらしい。それがある日、父の代で権力闘争に巻き込まれる形で失脚した。それからは、明日の生活にも困窮しだして、吉右衛門の代になって一切を捨てた。残るは屋敷のみと言っていた。だから、吉右衛門には金以上の物は無いのだ。そして、権力闘争の果てに勝者になったのは平家の息のかかったもの達らしい、合わせて、昼間の平家の館で物語をして自分が見世物にでも成り下がってしまったような気分に落ちいっているのだろう。


静華はそんな吉右衛門にかけてあげられる様な言葉も持ち合わせていないし、特別な手立ても持ち合わせていない。出来る事はあまりなさそうなのだが、してもらっている事はたくさんあると感じている。靜華に対する優しい物腰や強い所、弱い所も見せてくれる吉右衛門。最近は特に言葉に出来ない複雑な気持ちを胸にする事がある。今晩は、特に弱い吉右衛門を見るにつけ特別な思いが漏れ出さないように注意しながら酒の話に付き合っていた。


 吉右衛門にしても目の前の美人が何者か良くわかっていない。一緒に“精”なるものを退治する仕事を始めたのがもう二、三年前になる。きっかけは吉右衛門が靜華に助けられたことからなのだが、その時に吉右衛門には現実の物には思えない何かを見た。これが重要で、そもそも常人にはそれが見えないらしい。その時に助けを出してくれた靜華が適合者だとか言って吉右衛門をこの仕事に巻き込んだのだ。吉右衛門も丁度、屋敷以外を処分して出仕すらしていないような状態であった。そして、手を差し伸べてきたのが、瞳を覗き込むだけで魅了される様な美人だ。


“一緒にしてくれはります?”などと請われれば断る理由も全くなく、むしろ二つ返事だったと思う。

 吉右衛門は考える。遥花が何者なのか……正体について。


西の方を転々としていた。不思議な力を行使して精とかいう何かを退治する事を生業としている。直視すると心ごと持っていかれる。狙った相手の心を読める。二十歳くらい。女性。美人。金色の髪。黄色の目。少し背が高い。細身。笑うのが好き。きれると怖い。怪しい京ことばを使う。ただの興味で白拍子の格好をしている。そうなのだ。知っているのは上辺だけ。正体などと言えることは何も知らない。


そんな、靜華の正体について初めの方こそあれこれ詮索していたが、つまるところ答えなど出ようはずも無く、何もしなければタダの美人だ。タダの美人という表現があるとは思えないがその通りで、屋敷の周辺では当初こそ外見の珍しさから天女などと呼ばれていたが、今となっては人となりも浸透したらしく極めて普通の美人扱いだ。やはりそこは周りを照らすような魅力があるので会話をしている者はおのずと笑顔になり、会話をしたこと、そんな事だけで、満足してしまう有様に見えた。吉右衛門はそんな靜華の魅力を“魅了”の呪詛だと靜華に言ったことがあるが、本人はまんざらでもなさそうなのだ。


 とにかく、靜華は目の前にいる。そして、吉右衛門との生活に満足している。その事実に吉右衛門は無くした自尊心を少しだけ取り戻せてはいた。

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