3.足跡
商店街も、駅までの道も、蒼ちゃんの大学の近くの公園も、もちろん叔母たちの弁当屋も、紅君が立ち寄りそうなところは全て探した。
あまり広くはない彼の行動範囲を、何度も巡った。
だが紅君はいない。
どこにもいない。
(どうしよう……!)
時刻はすでに、夕暮れと呼べるものではなくなっていた。
「千紗ちゃん。あとは父さんと僕で探すから……」
蒼ちゃんはそう言ってくれたが、その言葉を受け入れることは、私にはどうしてもできなかった。
今諦めたら、本当にもう二度と会えなくなってしまいそうで、その不安が拭い去れない。
「嫌だ……嫌だよ!」
あれほど無理に無理を重ね、隠していた涙が止まらない。
両手をぎゅっと握りあわせ、懇願するように下げた私の頭を、蒼ちゃんはいつものように優しくポンと叩いた。
「うん。わかった。じゃあ一緒に捜そう」
自分が足手まといだとわかっていても、今は蒼ちゃんの優しさに甘えるしかなかった。
べッドに寝ていた服装のまま、ふらりといなくなった紅君は、普通に町を歩いていたらかなり目立つはずだ。
なのに誰も、彼を見かけた人がいない。
「そんなはずない! そんなはずないんだ……!」
足を棒にして歩きまわる蒼ちゃんが、時間の経過と共に焦りを深めていくのは当然だった。
誰もいない場所で、紅君が再び意識を失わない保証はどこにもない。
今こうしている間にも、彼の身にたいへんな事態が起こっているかもしれない。
そう思うと私も、居ても立っても居られなかった。
とにかく思いつく場所、全てに足を運ぶ。
だがやはり、紅君の行方はわからない。
「どこか思い当たるところはない? ……千紗ちゃん……」
尋ねられても、私にももう首を横に振るしかなかった。
再会してからこの町で紅君と一緒に行ったところへは、全て足を運んだ。
時間をずらして、何度も行った場所もある。
けれどそのどこにも紅君の姿はなかったし、彼を見かけたという人も、一人も存在しない。
「ううん……ない……」
力なく首を横に振った瞬間、ふと思い出した場所があった。
クリスマスの夜、「今日だけ特別に開放された」と紅君が語っていた――いつもはもう使われていない教会。
「そうだ!」
顔を上げた私の手を取り、蒼ちゃんが先に立って走りだす。
「どこ? なんなら車で送る!」
「ううん。すぐ近くなの!」
しかし、息せき切って駆けつけた古い教会には、紅君の姿はなかった。
紅君が言っていたとおり、クリスマスの日は自由に出入りできた鉄製の門扉は、今日は固く閉じられたままだ。
「くそっ! 違ったか!」
握り締めた鉄柱を蒼ちゃんがガシャンと鳴らした瞬間、門の向こうから声がした。
「おや? 何か忘れものですか?」
古風な吊り下げ型のランプを手にした、灰色の修道着姿の年配の女性は、どうやら目があまりよくないようだ。
蒼ちゃんの前まで来て、しげしげと彼の顔を見上げる。
「あら、ごめんなさい。別の方ですね……声がよく似てらっしゃったものだからつい……」
女性がみなまで言い終わらないうちに、私は問いかけていた。
「よく似た人がここに来たんですか?」
女性はにっこりとやさしく微笑む。
「ええ、そうです。『ここはもう閉鎖されてるんですよ』ってお伝えしても、『わかってるけど、懺悔をしたいからどうか聖堂に入れて欲しい』って言われて……今日は私がたまたま掃除に来ていたから、特別ですよって、中にお通ししたんです……」
「その人を捜してるんです! まだここに居ますか?」
勢いこんで尋ねたら、そっと首を横に振られた。
「いいえ。ついさっき出て行かれました」
「どこに行ったか……わかりませんか?」
蒼ちゃんの問いかけに、女性はもう一度首を横に振る。
「いいえ。でも、まだそう遠くへは行かれてないと思いますよ……」
「ありがとうございます!」
頭を下げると瞬時に、私と蒼ちゃんは踵を返して駆けだした。
紅君は足が悪いため、走ることはできないし、あまり早く歩くこともできない。
教会を出たのがほんの先ほどだというのなら、まだじゅうぶん追いつけるはずだ。
「紅也!」
蒼ちゃんの叫びにつられるように、私も声を張り上げる。
「紅君!」
だが真っ暗になった夜空に私たちの呼び声は吸いこまれていくばかりで、紅君の声が返ってくることはなかった。
どこへ行ってしまったのか、それきり紅君の足取りは掴めなくなった。
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