ふたりは並んで、K高校へ向かっていた。



「卒業した後……クラスメイトの子と連絡を取ったりしてた?」



 書店を出て、五分くらい経ってから、そう、霞がいてきた。沈黙を破る時の、おずおずとした調子が、その言葉には帯びていた。



「いや。県外の大学に行ってしまったし、連絡先を交換するほど親しい仲になった同級生なんて、いなかったし」



 哲道もまた、やたら緊張した声色が出てしまっていた。



「じゃあ、今日が久しぶりの再会になるんだ」

「そう。僕なんかと話したい同級生なんて、いないと思うけど……ただ、くるわ先生が来るらしいし。三年間お世話になったことだし、少し話したいなって」



 それが、建前にすぎないのは、もちろんだった。本音は、街灯のあかりのたもとで、触れられない横顔を見せているのだから。




 K高校の校門には「三年四組 同窓会 会場 二号棟教室B」と書かれた用紙が貼られた看板が、立てかけられていた。



「霞じゃん!」



 そんな、はずんだ声が、前の方から聞こえてきた。



「……夏希? 久しぶりね。元気にしてた? ちょっと……あかぬけたわね」

「そうかな? 霞だって……昔より、美人になったんじゃない? リンとしてて。お仕事はなにしてるの?」

「いまは仕事をしていないわ。大学院生になったの……なんだか、学び足りないような気がして」


「その前は?」

「外務省で働いてた……けど、私にはあまり合わなかったみたいで」

「ふうん……」



 夏希は明るく振る舞っているが、霞に対する冷たい驚きのようなものが、そこには感じられた。


 霞は高校生の時、飛びきり勉強ができたわけではなかったから、それが、ある種の親近感を周りに与えており、男女問わずの人気はそこからきていた。


 十数年経つうちに、外見よりが劇的に変化してしまったように、夏希には思えたのだろう。



「行こう。みんな待ってる」

「まだ、集合時間より早いけど……みんないるの?」

「うん、大体はね。みんなこの日を楽しみにしてたから、早く来ちゃって」



 夏希は、哲道から霞を奪い去って、校舎の方へと向かっていった。哲道は、蚊帳の外になった。


 哲道は、霞が自分からどんどん離れていくのを見ながら、ぽつねんと立ち尽くしていた。


 霞は、哲道にとって憧れのだった。しかし、哲道は、なにかパッとしないだったし、なおかつ、高校生活の後半は、大学進学のために血眼で勉強する必要があったから、ふくれあがる恋心を、どうしても、抑圧しようとしなければならなかった。


 冷たい風が吹いて、哲道の身体を包みこむと、二手に分かれて、どんどんの方へと抜けていった。きらめく星々を隠すように、少しずつセピア色の雲が現れ始めた。


 玄関の光とは対照的に、校門から見える教室の多くが暗く覆われているのを見ると、哲道のこころに、同窓会に来たことを後悔する気持ちが、わずかながらいてきた。

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