第5話 佑の想い

ルスカ

ママ、腹減った、なんかある?


希子

なんにもないよ?パン食べたら?

切ってあげよっか?


ルスカ

あー、まー、大丈夫かな。お菓子食べるわ

そう言えば最近パパ病院通ってんの?


希子

え!? そうなの? なんで?


かまをかけてみたがママは知らないらしい。


ルスカ

いや、じいがさ、整骨院あんじゃん?

隣町のさ、明応病院の近くの。

そこで見かけたって。


希子

なんだよー。心配すんじゃん。やめて。

あ、整骨院なら昔から行ってたよ。

人一倍身体のケアはしてたからパパは。


僕は部屋に戻って縁側に敷いてあるラグマットに寝転んで考えていた。

細胞、癌、胃癌、脳腫瘍

はっきりしている事は、サイトに書いてある通り、抗癌剤であって、入院していないのであれば初期か末期のどちらかと言う事だ。

あとはどこの癌かとは書いていない。

父の姿が頭から離れなかった。早く帰って来ないかな。

そう考えていると、低いマフラーのエンジン音が近づいて来るのが分かった。

父の車、ジープラングラースポーツ、黒。

長年乗っている父の愛車。良く助手席に乗るとこれはこうで、あーでと、よほど好きらしく、僕もこの車を乗っている父が好きだし、似合っていると思う。ただ今日はどんな顔して会ったらいいか悩んでいたし、でも会いたかった。外車特有のバムっという、重いドアの音がした。

しばらくの静寂の後、玄関のドアが開いた。

スリッパの音、いつもなら階段を先に上がって行く音がする。


ふと、ピアノの蓋が開いた音が聞こえた。

キン。

と高い音が少し鳴ってからバタンと蓋を閉じた音が聞こえる。


よ。帰ってたのか。


急に顔を出した父は汗ばんではいるが顔色は良かった。


ルスカ

おー、帰って来た。ただいま。


なんだ、また外眺めてんのか?


ルスカ

うん。


ちょっと頼みがある付き合え。


ルスカ

え?? 何?!



家行くぞ。


ルスカ

なんで?!


いいから、、。

ポコ連れて来るんだよ。

うちに。


ルスカ

なんで?急に。


散歩してあげたかったんだよ。

おまえも一緒にな。

早くしろ。


そういうとリビングに行ってしまった。

リビングでは母と何やら揉めている様子がわかる。なんで急に、とか、説明はいらないだろうとか、自然がどうだの。珍しく、激しくはないが口論している。そういう時の父には母は敵わない。圧倒的な論破をする。

というか、久しぶりに父にいなされている母はなんだか嬉しそうにも見える。


ルスケ、行くぞ。


ルスカ

わかった、すぐ行く。車で待ってて。


そういうと父は玄関を出て車に向かった。

僕は母に伝える為、キッチンに歩いていくと。


希子

ルスカ、ポコ!こっちで暮らすって。

聞いた?!


ルスカ

え!?そういう事??


ルスカ

とりあえず、話したい事あるし、

行って来る。


希子

ルスカ、頼んだ。ママ、壊れた。


ルスカ

なんだよ、それ?!

壊れてないよ。大丈夫。


急いでスニーカーを爪先でトントンと、突っついて外に出た。

空には大きな積乱雲が成長していて、裏山の森の上空を真っ白なサギが横切って行った。


大きなドアを開けて助手席に座ると、父の車特有の革の匂いがした。


シートベルト。


ルスカ

あー。


車は坂を降りるとカーブで加速しだした。

父の運転は荒くはないが、スマートにスピードをあげる。ここから学校に行くこともたまにあるが、誰の運転よりも安全に早く着く。

車内は静かに洋楽が流れていた。


ルスカ

あのさ? 

なんで急にポコ連れて来るの?


悪いか?


ルスカ

いや、そういう意味じゃないよ。


なんか問題でもあるか?


ルスカ

いや、だから。  

何かあったの?


佑  

いや、特には。

ポコに会いたくなったからな。


そう言われてしまうと返す言葉がなくなる。

父は頭が良い。全てをスマートにシンプルにこなしてしまう。父自身は嫌味もなく誰かの愚痴や悪口を聞いた事もない。緊張したりするのだろうか?


ただ、近寄りがたいオーラがある。

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