第3話 希子

午後10時を回る少し前に店に着いた。

声を出さずに片手ですまんすまんとジェスチャーをしながら後輩の隣に座った。後輩は急に立ち上がり


後輩

皆さま大変お待たせしました。

新木佑さま到着しました。


佑  

そういうの苦手なんだって。


小声で後輩に耳打ちした。


後輩

どうすか?右の子。

綺麗ですよね。佑さん絶対好きそう。


確かに私の好みではあった、ショートヘアに首が細く切れ長な一重ではあったが、どこか強さと言うか芯を感じる眼差しだった。


希子

あの、すみません。遅れて来てごめんもないわけ?ですか? 


と、変な聞き方をいきなりして来た。

少し面食らった佑は


佑  

ごめんなさい、遅れてしまって、仕事だったんで。


希子

仕事?  ならよしっ。

乾杯しましょう。私と。


え?!


希子

だから、、、。

わたしが頭に来て言った。

あなたは謝ってきた。仕事だった。

ならわたしが悪い。だからわたしと。


あー、そういうことかと、

希子と乾杯をした。


希子

で、仕事ってなに?

何才?

彼女は?

出身地?

あと、血液型?

あと、、、?

なんだっけ。

ま、いいや。


仕事はダンサーで。。。

あとは、、、

なんだっけ?あ、26才です。


希子

ダンサー?何それ?

社交? 

あ、わたし一個上、27才

医療機器メーカー勤務

だから敬語いりません。以上


後輩はもう一人のふんわり系の子と話し込んでいる。実は合コンみたいな事が佑は苦手だった。表現出来るのは音楽がかかる時やステージの袖からしかスイッチが入らないので

基本的に人見知りではあった。下を向いておしぼりで手を拭いていると


希子

ねえ、なんか話さないの?

こう、自分からさ、あーで、こーで、

何が好きですかー?

とかさ。


あの。


少し声を張ったせいで全員が佑を見た。


今日、本当は自分じゃなくて、他の代役で来ました。


後輩

佑さん、何を言ってんすか、急に。


肩を寄せて小声で責めたてる


ごめん、こういう合コンみたいの苦手なんだって。


後輩

本当すいませんそれは、もう少しで番号聞けるんで。


希子

はい。


希子が急に手を上げ立ち上がった。


希子

私も今日、代役で来ました。

でも面白そうだったのでのりのりでした。


そう言うと舌を出して笑顔で座った。隣の子はそれでも困った様子もなく、ふんわりニコニコしていた。後輩がたたみかけようとしている。


希子

名前なんだっけ?あなた。

たすけ?かすけ?


たすく。あらき、たすく


希子

ごめんごめん。たすくさんね。

どんな字なの?


にんべんにみぎだよ。


希子

へえ、珍しいね。わたしもね、

のりこなのに、希望の希に子だから

よくみんなにキコーって呼ばれる。

珍しいでしょ?


そうなんだ。


別に名前に興味はなかったが変な親近感がある子だった。


ごめん、オレさ、やる事あるから帰る。

お金置いてくから払っといて。


後輩

ちょちょっと。困りますよー。


それだけ小声で伝えると、佑は無理やり後輩に2万を渡し、店を出て自宅に向けて車を走らせた。小塚公園の脇を通ると、海とニナが真っ暗なオフィスビルのガラスを鏡にして練習しているのが遠くに見えた。

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