第2話 父 -佑-
今日は妻と息子、流佑が帰って来る日だった。
佑は憂鬱だった、妻と息子を置いて実家に戻って来た佑は、自分自身と向き合う事で実家に帰るという嘘をついて来た。
佑がまだ妻となる希子と出会う前、悩み続けていた時に、知り合いを通じて希子と交際を始め、流佑が産まれたのだった。
バブル期の大手商社マンだった佑の父は、世界中を跳び回り、話した事もない遊んだ記憶すらない父親だった。帰るのは数年に一度、帰って来ても、お土産に中央アフリカの仮面やら、エジプトの琥珀やら、佑にとって何一つ嬉しい事ではなかった。
そんな父にも母は甲斐甲斐しく家を切り盛りしては、父のいない母子家庭をやりくりし、帰っても来ない父の為に夕食の準備を毎日して、身なりも整えていた。
高校時代、ダンスに出会い毎夜ダンスにあけくれていた佑は就職か進学かに悩んでいた。
それは経済的理由ではなく、ダンスに向き合いたい一心でもあった。
母には打ち明けたが、家に帰らず、世界を飛び回る父を見てきた母にとっては、1人息子の佑には大学に行き地元の町役場に、または聖職として当時憧れられていた教職について欲しかったから、断固反対された。
父にはメールを数回送ったが、一度たりとも返信は来る事はなかった。
そんな母の願いを思い大学に入ったものの、悪友とダンスに明け暮れ一年で退学し、母に何も告げず、単身アメリカのロサンゼルスにダンス修行に出てしまっていた。
そこで見た世界や文化は様々な人種や文化が賑やかに華やかに溢れ、宗教や格差や人種差別はあれど、自由で奔放で誰にも否定されない世界を知った。
さらには日本の狭さ、小さなコミュニティの繋がりや保守的な考えは佑にはどうしても生きづらかったのだ。
そんな約三年をダンスに明け暮れ、徐々に力をつけ始めたある日、佑にも転機が訪れる。
ダンスの上手い変わった日本人がいると地方のニュースに取り上げられたことがきっかけで、逆輸入する形で日本のテレビ番組に出演する事になった事が決まり日本へ帰る事になったのだ。
数年たってからの日本のテレビ出演には大きな驚きがあった。せっかくのチャンスだと思い、アメリカでの武者修行が報われる瞬間だと1人思い描いていた。
日本での活動で母や父を見返せるチャンスかも知れない。
しかし帰国して出演したそのテレビ番組では、日本人特有の勤勉さ、真面目さや理論に裏付けられた練習量に置いて、すでに日本では若手達がダンスを確立していたのだ。ただそれはミドルスクールと言うジャンルで、そこにコンテンポラリーを取り入れたのは佑が初めての日本人だった。
日本独特のワビサビ、そして膨大な時間を割いて基礎練習する、またそれを裏付ける一糸乱れぬ集団の構成に佑は衝撃と挫折を味わった瞬間だった。
そこはには音楽を楽しみ心のままに表現する海外のダンサーとの明確な違いがあった。
しかし努力や集団行動が特別に好きな日本人にはそれが爆発的人気に火を着け、ダンスが流行するきっかけをおこし一大ムーブメントになって行った。
佑はいち早く夢を子供達に教える事を考え、レッスンスタジオの展開をビジネスチャンスとして捉えていた。
当時のアメリカではすでにダンサーが一定の
地位を持ち、ダンス文化がストリートからエンターテインメント化され、演出家や資本家が投資し、スタジオが乱立し佑はインストラクターとしても高額なギャラをもらいいくつかのPVにも出演し、生活も十分に成り立っていたからだ。
一方日本では流行したとはいえ、ダンサーが食べて行くにはレッスンが主体で、公園や、夜の駅舎に反射するガラス窓をみつけては小額なレッスン料をもらいインストラクターとなり食べていく、また小さなイベントに出演しては安いギャラをもらい、アイドル的な歌手などのバックダンサーや振り付けをおこない、それでも合間にはアルバイトをしなくては食べていけない、未だ発展途上のなかではあった。
-16年前-
そんなある日の午後携帯が鳴った。
それは建設会社に努める後輩からだった。
佑
なんだよ、久しぶりだな。
ちょっと相談があったんで。
佑
金ならないぞ。飯は奢るけどな。
いやいやそんなんじゃないですよ
飲み会があるんですけど、人数足りなくて。
男がね。
笑いながら後輩がたたみかける。
佑さん飲まないじゃないですか?
2対2なんですよー。1人友達に用が出来ちゃいまして。ダメですか?
佑
今日はレッスンが入ってるんだけど、
何時から?
あまり乗り気ではなかったが学生時代に自分を慕ってダンスをしていた後輩を当時可愛がっていた自分は、時間が合えば後輩とは話したかった。
9時です。大丈夫ですか?
佑
少し遅れてもいいなら。
全然大丈夫です。それと相談は別なんですけど。この町で音楽のフェスをやるらしいんです。そこで、出演出来ますか?
佑
日程にもよるけどいつ?
8月ですけど、日にちはまだ正確には、中旬らしいです。
佑
そうなんだ。じゃ、また後で。
携帯を切ると佑はフェスと地元の名前を検索してみた。
結構大きなイベントらしく、大手の広告会社が主催になっている。
畝水サマーロック
ネーミングが地元を頭につけただけでセンスがない。そう思いながら出演者を見ていると、1組のアーティストに目が止まった。
宗佑
誰だっけ、聞いた名前だったような。
さらに検索すると驚いた。
宗佑は大学時代に組んでいたダンスチームの相方、悪友の宗方慶太だった。
今はラップとボーカルを組み合わせたアーティストグループで、少し前から流行り出していたらしい、若者のカリスマグループ。
単身アメリカに行って以来連絡先もお互いに変わり、どこで、何をしているかも知らなかった。近況を聞く繋がりのある友人もみんな家庭を持ちサラリーマンや家業を継いで地元に帰ったから余計だ。
懐かしい。
毎夜、兄弟のように、家族より一緒に過ごしていた。アルバイトも一緒にこなし、喧嘩もした。歴代の彼女も全員仲がよかった。
良かったな。
純粋な思いだった。
自分には才能がまだあった方だと自負しているが、あいつは何やってもダメだった。何故か練習では出来る事を本番では全部飛んでしまい、自分がカバーしつつフォローしては、終わるたびにあいつは謝ってばかりいた。
ただ、踊る為の楽曲のセンスだけは信頼して任せていた。かつ慶太が編集してアレンジを加えていた。そして慶太の楽曲で踊る事が一番楽しかった自分もいた。思いにふけながらレッスンのある公園へと向かった。
夕方の小塚公園には何人かの中高生と、犬を連れた老人、遊具の周りにはもう誰もいない。さっきまでは揺れていただろうブランコはひっそりと静まりかえっていた。5月の午後6時はもう陽が落ちていた。
ふと、木で出来たベンチに見慣れないグレーのパーカーにフードを被り、サングラスをかけた出で立ちの男が1人座っているのが目についた。
横目に歩いて行くと、フードを被った男が立ち上がり、こちらに歩み寄って来るのが分かる。なんだろう?気にせず歩いて行くと、
ちょっとちょっと。
佑
なんですか?
男に向き直ると
よっ、ターボ
佑
嘘だろ?!
それは大学時代の悪友で今は飛ぶ鳥の勢いのユニット、宗佑のリーダーでヴォーカルの
宗方慶太だった。
佑
ケイ!?
慶太
おー、噂聞いててさ、ここでレッスンたまにしてるって。
佑
なんだよ、連絡して来いよ。
あ、連絡先知らねえか。
それもそうだと先ほど慶太がいたベンチに座り込み、二人は笑いあった。
二人は今までのいきさつや出来事を一息に話し込んだ。
大学を辞めなかった慶太は小さい頃から母親が国立音大卒でピアニストだったせいもあり、ピアノを弾いていた事から、楽曲を編集、アレンジしていた経緯の中で、ダンスチームを解散後はダンスを辞め、ラッパーに出会い、デビューすることになり、数々のクラブ周りから火がつき、メジャーになっていった事を話した。
佑は世界に出た事で今になって改めて日本人の勤勉さや探究心に気づき自分自身のやり方、スタイルについて悩んでいることを慶太には話したのだ。
慶太
一度、組まないか?
うちのユニットの新曲でバックやってくれよ?
ビデオ見たよ!
あの、ダニー・ロイのPV出てたろ?
マジでビビったよ。相方が出てんだぜ。
あのスーパースターラッパーのPVに。
佑
いや、たまたまだよ。仲良かったダニーとプロデューサーがその場のノリで決めただけだからさ。
それは本当だった。たまたまロスのクラブで踊っている時にダニーから
面白いな日本人って、なんでドレッドなんだ?と、一緒に酒を朝まで飲んで仲良くなってからの間柄だったからだ。ことある毎に佑に電話をかけて来ては飲みに行くだけの仲だった。
ダニー曰く、白人ラッパーは差別にあっていた、日本人もダンスなんてって差別されたろうと。勝手な思いで仲良くなったのは確かだ。日本人でダンスは確かに差別はあったがそれは先入観で、踊り出せば周りを沸かすことは佑には簡単だった。また、名前を聞かれるとタスクだと言うと、ハグされるような日常だった。なのでロスでの暮らしは案外楽だったかも知れない。
慶太
どうよ?出来ないかな?頼むよ。
佑はしばらく考えこむと、
佑
わかったわ、音源くれる?ライブ?テレビ?
それと、あと二人使いたいんだけどいい?
慶太
テレビだよ。ライブMあんじゃん?あのゴールデン番組の。あれ。
二人?三人?
当たり前じゃん。伝説のダンサーだぜ?
ギャラも言い値で良いよ。事務所に話しとくから。会えて良かったよ。
佑
オレもだよ。
心配してたんだよ。実はな。
慶太
バーカ。心配すんなら連絡しろよ。
二人は笑いながら立ち上がった、
じゃあ、と言って名刺を渡された。
そこには大手事務所のプロデューサーの
名前があった。
佑
ケイのじゃないじゃん?
慶太
いや、オレらに名刺なんかないよ。
それもそうかと笑いあった。
後日、そこに電話してくれとの事だった。
慶太は側に止めてあった黒の高級車に乗り込み去って行った。
ニナ
佑先生、遅いよ!
何話しこんでんすかー!
佑
あー、ごめんごめん!
それからニナ、その先生って呼ぶのやめてくれって。
海
マジっすよ、タスクさん、誰だったんすか?
めちゃくちゃ楽しそうだったんで。
佑
あー、友達だったよ。長い付き合いの。
久しぶりにあってさ。ごめんごめん。
佑は全員に謝ると普段どおりストレッチからレッスンを始めた。生徒は12、3名ほどだった。両隣はいつも海とニナだった。
佑
あー、海、ニナ。終わったら少し話しがあるんだけどいいか?
二人ともストレッチをしながらうなずいた。
一頻りレッスンを終わると、佑はみんなまた来週ねと、解散を促した。
ニナ
先生、話しってなんすか?
佑
だから、先生って、おまえ。
まー、いいや。
あれ?海は?
ニナ
ジュース!!
佑
あー、仕事なんだけど、ダンスの。
ライブM。
出て欲しいんだよ。
おまえらに、一緒に。
ニナ
え!!??あのライブM?!
なんすかそれ?
町のイベントじゃなくて?
少し遅れて海がコーラを抱えて戻って来た。
海
なになに??なんで驚いてんの?
二人に今日の経緯を全て話した。
海
泣きそうなんすけど。
大好きなんですよ!宗佑って。
ベースがヒップホップなんすよ!
ノリが良くて、最初っから聞いてるし、
買ってるし、借りてるし。ひまわりって曲とか、夏空とか大好きなんすよ!!!
ニナ
先生についてて良かった、、、。
ニナは座り込んで泣いている。
海もそれを見てもらい泣きしていた。
佑は二人に詳しい事は明後日にオレんちで。
とだけ伝えると急いで飲み会の店に向かって車を走らせた。
9時半過ぎか、、、。
佑はふと慶太との昔を思い出していた。
佑
おまえ、遅いよ。何やってんだよ。
時間くらい守れよ。
慶太
仕方ないだろ?お母さんがうるさいんだよ。
実家暮らしなんだから勘弁してくれよ。
実家が金持ちなのは知っていたが、行ったことも何やってるのかも知らなかった。
あとでほかの友人から大企業の御曹司で、聞けばだれでも知っている会社らしいと。
噂話しとは思っていたが、どこか変に品が垣間見える事はあった。母親がピアニストだったのか、、、。
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