16
「――!!!」
全身の毛が逆立ち、傍らにいたシトリンが抑えてくれなければ、飛び出すところだった。
「アイツ、アイツらッ!!!」
鼻についたよく知った匂い。
転がった首は、アレクとクリソのものだった。
「誰だ!?」
「あぁ、実に良くない。ダイアく、ん。うん。必要はなかったね」
シトリンたちに気が付いた従業員たちを、轟々と伸していくダイアに、シトリンは杖を取り出すと、強く吹かせた風でライトを割った。
染みを作りながら転がったアレクの頭は、男の足元に転がる。
「ハッ! イイ
怒り、焦燥、恐怖が入り混じった表情。
澄ました表情がようやく崩れた。
「あ゛~~気分がいい!! サイッコーの気分だ!」
コツリと足にぶつかる頭。
隙あらば暴れては、手のかかった人魚も、今や首と胴が離れる醜態を晒している。若さが欲しい連中の前で、丸焼きにして食ってやりたかったが、こうして、アークチストのあの顔が見れたのならおつりが出る。
「そら! 近くで見たいだろ?」
人魚の頭をアークチストの娘に向けて、蹴り寄越す。
しかし、残念なことに頭は、娘の立つ階段の半分もいかず、跳ね返り、転がり戻ってきた。
「おっと……悪いな。なに、お前がここまで下りてきて、取ればいい話だ。大切なペットなんだろ。なァ?」
そして、頭を垂れろ。
想像だけで涎が溢れて、溺れそうだ。
お高く留まった連中の頭が、許しを請うように、簡単に踏みにじれる場所に。
「困りますね」
冷や水のような声に、頬が高揚する想像を打ち消される。
周囲のひどく怯えた目は、こちらを、いや、自分より少し後ろを見ていた。今この場で、最も熱を帯びた情景はここだというのに、ワイプばかりを見る表六玉共め!
「――――は?」
後ろにやった視線の先に映ったのは、首のない人魚の死体が、こちらへ手を伸ばしている姿。
ひどい水音と、後頭部に響く衝撃。
首に加えられる圧力に、酸素不足で喘ぐが、加え続けられる力が酸素を拒む。拒むだけではない。握り千切らんとする力に、細胞が悲鳴を上げる。
――何故。
そんなルチルの疑問は解決することなく、細胞の絶叫を聞きながら、ルチルの意識は暗転した。
会場は、騒然としていた。首なし人魚が二匹、生きているように動いているだけではなく、自分たちの主人を絞め殺した。
その事実に、恐怖以外の全ての感情が塗り替えられる。
「ば、化け物!!」
誰かが叫んだ。
首なし人魚に向けられる震える杖たちから魔法が放たれる前に、杖は床に転がり、術者も追いかけるように床に倒れ込む。困惑した表情の獣人の当身によって。
「ぶ、無事か?」
困惑しながらも、舞台下に落ちて行った首なし人魚のいた場所へ目をやれば、首を抑えながら、見慣れた人の姿で立ち上がる、いつもの双子の姿。
「無事なわけねーだろ」
「首が離れている状態では、さすがに変身できなくて困りましたね。そこだけは感謝します」
「どういたしまして。うん。今なら、この高揚感でハラサ砂漠を越えられそうだ!」
首が離れていたにも関わらず、当たり前のように動いていたり、また首が繋がっていたり、実は今まで魔法で幻術を見せられていたと言われたら納得する。
しかし、シトリンと双子が回復魔法をかけていたり、回復薬を煽っているのを見る限り、アレは本物だったのだろう。
首の赤い線が消えると、双子は、帽子を取り出し被る。
「つーかさぁ……こいつ、俺の顔、蹴ったよね?」
アレクは、足元に転がるルチルを見下ろすと、その頭を踏みつけた。
「頭に上った血、もう少し流した方が良かったんじゃない?」
「あ゛?」
「いえ。少し寂しかったので、代弁してみました」
いつものように笑みを浮かべるクリソに、アレクが喉の奥で唸れば、困ったように眉を下げ、ニヒルに笑う。
「さて、僕としては、とっとと感動の再会と行きたいところですが……ここにいる方々は、どうやら主人と縁のあるようですし、少しばかりお礼をさせて頂きたいのですが、アレク。お付き合いいただけますか?」
「いいよぉ~」
同じ顔が、同じ顔で笑った。
そこからというもの、今までのことが嘘のような蹂躙だった。金で雇ったであろう腕の立つ魔術師は、依頼者が死ぬと見るや否や、姿を消した。残った使用人たちは、生き返った人魚たちに恐怖し、まともに魔法を使うことすら出来ないものもいた。泣いて助けを請うものいるほどだ。
「あぁ、よかった。来たみたいだね」
極めつけが、シトリンが呼んだ保安局。
黙認されているとはいえ、これは非合法。オークションにかけられているものも、非合法で手に入れられた物が多い。
「抜け目ないな」
これから、このオークション会場のオーナーと保安局、ヴェナーティオで、今後の扱いについて話し合いが持たれ、ルチルは、クォーツ家からも見捨てられることになるだろう。
それが、一番被害が少ない顛末だ。
「さぁ、あとはヴェナーティオに任せて――」
帰ろう。と、言い切る前に、コーラルの体が崩れ落ちた。
慌ててコーラルを支えるが、刹那、本能的な恐怖が背筋を走る。
荒く浅い息に、虚空を睨むように歪んだ目は強く光を帯びて、熱を持った光がゾイスの腕を払った。
まずい。
離れた腕をもう一度伸ばした時、
「そっちはダメ!!」「そっちはダメです!!」
アレクとクリソが、コーラルの両腕を掴んだ。
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