15

 前座の魔道具が、次々と落札されていく。


「いいかい。クォーツは、君個人に恨みを持っている可能性がある」


 このオークションも、9年前のオークションによく似ていた。

 内容まで一緒ではないが、似せるように作られ、招待客も覚えのある顔ぶれだ。意趣返しもいいところだ。


「以前は、確かにうまくいった。不意打ちのようなものだからね。だが、これだけのことをしてきたんだ。彼が、何かしらの情報を手に入れた可能性も十分考えられる」


 薄暗い部屋の中、またひとつ落札される。


「お待ちかね! 今回の目玉! 人魚のツインズです!」


 暗幕が開けば現れたアレクとクリソに歓声が上がる。遠巻きで見てもわかるほどの怪我はしているが、元気そうだ。彼らもコーラルに気が付いたように、目を輝かせていた。


「では、100ま――」

「1837万」


 その声に、客だけではなく進行役までも言葉を詰まらせた。値段ではない、その人物にだ。


「く、クォーツ様?」


 今、オークションにかけられている人魚の出品者自らが入札してきたからだ。

 何かの間違いかと、客たちも様子を伺う。


「ん? おかしいな。私以外、入札なしかね?」


 立ち上がり、舞台の前に降りるとゆっくりと振り返る。その視線は、コーラルを捕らえていた。


「なぁ? アークチストのお嬢さん。いや、汚らわしい泥棒が」


 ざわつく会場の中、はっきりと名指しされたコーラルは立ち上がる。


「闇オークションの作法は知らないけれど、自分で出品して、競り落とすなんて、随分と個性的ね。

 それとも、ただのおっちょこちょいかしら? 今度、間違えて出品しまったのなら、運営に取り消しを願い出ることをお勧めいたしますわ」


 いつものように、きれいな微笑みをルチルへ向ければ、いくつかの座席で笑いが起きた。

 どうやら、全ての人間が敵というわけではないらしい。


「ご丁寧にありがとう。だけど、お前みたいなガキはわからないかもな。これには、ちゃんと意味があるんだよ」


 明らかに苛立ち、顔も赤く染まり始めている。


「意味?」


 しかし、敢えて咎めず、先を促すコーラルは、無邪気な子供の様に、ルチルを小馬鹿にする。

 そんなふたりを楽し気に見学する者、その不穏な空気に警戒を強め、席を立つ者。


「おい。何帰ろうとしてるんだ? 今から、最高のショーをするっていうのによぉ」

「私は、八百長に参加するつもりはないよ。なにより、アークチストさんとの喧嘩の巻き添えなんて、この老体には厳しいものさ」


 一人出ていけば、後を追うようにまた何人かが会場を後にする。

 残ったのは、好奇心が勝った者とルチルの息のかかった者。


「全く……つまらねぇ連中だ。アークチストの精霊なんざに怯えやがって」


 クォーツ家は、莫大な富を築いているが、それほど魔術に精通しているわけでもなければ、アークチスト家へ占いに来たこともほとんどなかった。だからこそ、会場を後にした魔術師たちをバカにするように吐き捨てた。


「せっかく、これから楽しいショーだっていうのになぁ?」


 嗤いながらコーラルを見上げる。


「最高だろォ!? 大切な人魚の解体ショーなんてなァ!!」


 微かに目を細めたコーラルに、尚更楽し気に嗤うルチル。

 目で合図すれば、双子の首につけられた鎖が天井から巻き上げられ、釣り上げられていく。

 抵抗するが、バチリっと電流が弾ける音と共に、双子の体が跳ね、抵抗が小さくなる。


「クォーツ様……! オークションはまだ」

「俺が落札した。それで終わりだ」


 横暴なルチルに、司会者は静かにガベルを置いた。


「おい。ヤベェぞ」


 物陰に隠れながら、舞台袖まで来ていたダイアが焦ったように、シトリンへ声をかけるが、舞台裏はルチルの息のかかった者ばかり。下手に動けば、圧倒されるのは、こちらだ。

 シトリンの顔にも、いつもの笑みはなかった。


 首輪につけられた鎖を手繰り寄せられ、水槽から引きずり出されたぐったりとしていた双子に、近づく防具を装備した従業員。

 そして、その手が触れる瞬間。脳に直接響くような声と噛み千切るように引き裂かれた喉元。


「ギュィィィイイッッ!!!」


 その目は血走り、人間の言葉を忘れたような威嚇。

 遠隔操作で絞られ続ける首輪の中で、鳴き続け、その声に耐え切れなくなったひとりが、再度電流を流した。

 今度は電気を流し続けているのか、双子の体は痙攣し続けている。


「やめなさい」


 コーラルの顔に笑みはなく、ただ目だけが怪しげな光を持っていた。

 同時に、双子に流れていた電流は止まり、小さく荒い呼吸だけが残る。


「……魔法を使う動作はなかったが、やっぱりテメェ、インチキできるじゃねェか」


 状況的に仕方なかったかもしれないが、ルチルの目の前で魔眼を使ったことに、ゾイスの目が細まる。

 だが、ゾイスの心配を他所にどうやら、アークチストの神秘について、なにか情報を手に入れていたわけではないらしい。あくまで、魔法と捉えているらしい。


「だが、ようやくそのスカした仮面が崩れやがったな」


 笑みを消したコーラルとは対照的に、ルチル本人は楽し気に笑っていた。


「あぁ……本当に、あのスカしたアークチストの連中を、せっかく殺せたと思ったのに、娘が生きてるなんてなぁ……!」

「どういうこと?」


 アークチスト家を襲撃した犯人は、すでに捕まっているし、単独犯であった。

 ゾイスが焦るようにコーラルへ近づくが、コーラルは驚いてはいたが、動揺しきっているようではなかった。


 疑問はあった。

 単独犯、しかも魔法も使えない人間が、アークチスト家が手を尽くしても変えられない運命を作り出せたか。なにより、あの嫉妬に狂った犯人が突発的に起こした犯行にしては、あの事件はアークチストの守り魔術を突破し過ぎていた。

 実際起こってしまったのだから、きっと何か見落としがあったのだろう。それこそ、運が悪かったのかもしれない。

 あれは、どうにも変えられない星の道行だったのだから、仕方なかったのだと、思い込むしかなかった。


「つまり、今回のことも、コーラルの家のことも、アイツが手引きしてたってことか!?」

「そうだね。あくまで、彼は情報と手段を渡しただけなのだろう」


 それが、コーラルに伝えていないゾイスの最後の仮説。


「それこそ、何度でも、何度でも、ね」


 アークチスト家を皆殺しにできるまで、何度でも、何度でも。

 報復されないように、証拠は残さないように。


 ゾイスも襲撃犯を捕まえて、裏にいる存在には気が付いていた。調べだってした。だが、決定的な証拠はなかった。

 襲撃前も、後も、漠然的に、アークチストを、コーラルを狙った存在を追えば、必ずクォーツの名が浮かぶのだ。しかし、最終的に消える。

 証拠もなければ、動機もない相手に迫ることはできなかった。


「アークチストは死んで、人魚も手に入るっていう、サイコーな気分だったのによぉ……」


 理解もできないままに、目の前には、人魚の所有権である鍵を渡されるコーラルの姿があった。


「アークチストの娘が、人魚を奪っていくなんてなァ! これ以上ヒデェ話はねェだろォ!?」


 好奇心で残っていた客も、嫌な予感を感じ、数人がまた会場を後にした。

 魔術師ならば、はっきりと”アークチスト家を殺した”なんて言葉に恐怖を覚えないわけがない。明らかな報復対象になりえる言葉だ。

 ここでアークチストに手を貸さねば、自分たちが契約違反。しかし、ルチルに手を出せば、クォーツからの報復に怯えなければいけない。

 逃げられるならば、巻き込まれないように逃げるのが一番だ。


「忘れられねェよ。なァ? そうだろ?」


 もはや、残るのはルチルの息のかかった者だけ。

 楽し気に笑うルチルに、コーラルはそっと目を閉じると、きれいに笑ってみせた。


「スカしてた。それが、みんなが死んだ本当の理由なんて、自慢話にもならないわね」


 そのアークチストらしい笑みに、ルチルは顔を赤くする。


「あ゛ぁ゛……本当に、そっくりでムカつくな……腸煮え繰り返ってるくせに、テメェは違うって顔がよォ……!!」


 頭を掻き毟りそうな勢いのルチルは、肩で息をしながら叫ぶ。


「安心しろよ。こいつら殺した後、テメェは、嬲って、嬲って、そんで殺してやるからよォ!!」


 怒るわけでも焦るわけでもなく、ただ見下ろすコーラルに、男は叫ぶ。


「落とせェ!!!」


 天井から鎖に音が響き、鈍い音を立てて、床に首がふたつ転がった。

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