10
エンジュはソファに身を預けると、大きく息を吐き出した。
魔術協会の上層部が集まる会議、マギーアユーラーティオに、セレスタイン家当主代行として出席する回数が増えたとはいえ、疲れるものは疲れる。
「あ」
ふと感じた気配に目を開ければ、触れようと中途半端なところで動きを止めたダイアがいた。
「大丈夫ですか? 疲れてるみたいですけど、さすがのエンジュさんでも、ここで寝るのはちょっと……」
夜も遅いため、寮の談話室とはいえ人はいない。
しかし、セレスタイン家の令嬢が護衛も連れず、ひとりでここで眠るのは感心できない。
「それに、ちゃんと横になった方がいいですよ」
「そうね。思ってた以上に疲れてたみたい」
そう話している間にも、瞼が重くなる。
「会議、でしたっけ?」
「えぇ。デュークとか、マーキスとか、アールが集まる会議。昔から知ってる顔ばかりだけど、やっぱり疲れるものは疲れるわね。運んでもらえるなら運んでもらいたいくらい」
冗談のはずだったが、ダイアは体をソファに預けるエンジュに近づくと、軽々と持ち上げる。
「へっ!? ダイア!?」
「運びますよ。疲れてるんでしょ?」
「え、そ、そんな悪いわよ……!」
「別に、ケープ様もたまに似たようなこと言いますよ」
「ケープちゃんと同じっていうのも、ちょっと困る……!! うぅ……誰かきたら降ろしてね……」
「はい」
ダイアの澄み切った目に負けて、大人しく運ばれることにしたエンジュは、顔を覆っていた手をゆっくりとズラし、ダイアを見上げる。
「コーラルはどう?」
「どうって……」
「今日の議題のひとつだったのよ」
「あいつが?」
「えぇ。あの子も16だもの。アークチスト家当主であるなら、会議に参加するべきって意見もあるの。今までは、幼すぎるって外されてたけど、彼女もデュークだし」
抱える腕が驚いたように震えたのを背中で感じる。見上げれば、目を丸くするダイアの顔。
「アイツ以外、みんな死んでるんですよね?」
「あー……うん。アークチストは別なのよ。正確に言えば、セレスタイン家も特別側なんだけど」
神秘持ちと呼ばれる魔術の家系は、神秘さえ途絶えていなければ、家としての大きさは関係ない。実際、コーラルも公言していないが、魔術協会での地位は最も高いデュークだった。
しかし、神秘はあまりにも大きな力であり、魔法使いからしても夢物語に近い力。信じられないという魔法使いもいる。だが、逆に周囲にその力を認知されれば、自分の身も危険になる。実際、それが理由で命を落とした神秘持ちもいる。
そのため、現在では神秘持ちの存在を知っているのは、魔術師でも一部であり、はっきりと誰が持っているかを知っているのは、魔術協会の重鎮。そして、能力まで知っているのは、神秘持ち同士くらいなものだ。
「だから、今度話してみようかと思うのだけど、今は少し大変みたいだから」
部屋に付けば、待機していた使用人が慌てた様子でドアを開ける。
心配する使用人を宥め、ハーブティーを淹れるように伝えると、ダイアに座るように促す。
「アークチスト家を襲撃した犯人はたったひとりだったの」
その言葉に、ダイアは足を止め、椅子へ座った。
つかみどころがないといわれるアークチスト家だが、確かなことがあった。
彼らが視る未来は、そこに辿り着いてしまったのなら回避不可能。回避したいなら、分岐へ辿り着く前に対処しなければいけない。
「それを一番よく知っている自分たちが、滅びる未来を視てしまった」
その時の気持ちなど、想像に難くない。
事実、アークチストは、その運命から逃れるため、手を尽くした。セレスタイン家の扉も叩かれた。
「結局、どうにもならなかった。どうにもならなくて、諦めたの」
アークチスト家の崩壊は避けられないのが、星の導きだと。そう笑った。
「アークチスト家が助からないのなら、せめて弟子や使用人たちは助けてほしいって、うちにも何人か移ってきてもらった人がいるわ」
実際の血筋は途絶えたとしても、それがアークチスト家の崩壊を示しているなら、他の人は巻き込まない。それが、当時の当主が定めたところだった。
渋った者もいたが、最終的にアークチスト家に残った使用人は、ほんの数人だったという。その数人の使用人も、襲撃当日には屋敷にはいさせなかったという。たったひとりを除いて。
「うちに頼まれたことはもうひとつあってね」
それは、襲撃後のことだった。
「もし、生きている人がいたなら、助けてほしいって」
もしかしたら、誰かが戻ってくるのを視ていたのかもしれない。ただの希望だったのかもしれない。だが、確かに、その頼みのおかげで、助かった命はひとつあった。
「じゃあ、犯人もその時に?」
襲撃からすぐに報復は行われたと噂では聞くが、エンジュが言うには、その時、犯人はすでにいなかったという。
「もしかしたら、犯行後すぐだったから証拠はあったのかもしれないけど」
困ったように眉を下げるエンジュは、本当に犯人に繋がるものを知らないようだった。
「実際、お父様も犯人については、それほど知らないの。成人男性で、一般人よりほんの少し、魔法が使える程度の単独犯だったってことくらい」
知っているのは、その後の報復方法だけ。
「犯人を捕まえて、報復したのは、コーラルの後見人のゾイスって人よ」
セレスタイン家も含め、ほぼ全ての家が、単独犯でも、魔法のほとんど使えないような人間だとは思っていなかった。
想像とは全く違う犯人像を即座に想像した洞察力に、舌を巻いていた。
「でも、そんな奴がひとりでできるものなんですか?」
規模は小さいとはいえ、魔術師の名家。しかも、襲撃日までわかっていたのなら、一般人相手に負けるとは思えない。
「きっと手引きをした人はいたんでしょうね。でも、そこまでは誰も見つけられなかった」
実行犯は捕まえたと、コーラル自身の怪我もあり、手引きした人物への報復はなくなった。
「正直に言えば、私はアークチストの前の当主が好きじゃなかったの」
「え」
「助けてって言ってくれれば、手を掴めるのに、あの人は笑うだけで、運命を受け入れるの」
それは、昔のコーラルも同じだった。
彼女たちは、きれいに微笑み、決まって
他人の命でも、自分の命であっても。
「でも、久々に会ったコーラルは違った」
ちゃんと生きているように笑って、手を取ろうと藻掻く。
それが、あの双子のおかげかわからない。
「あの子は、きっと
目の前の彼と同じ。
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