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 出されたノンアルコールカクテルに手を付けず、コーラルは少し離れ、顔を背けながら煙草を吸うゾイスへ視線を送る。


「人魚を手に入れたってやつらの情報は見つかったんでしょ」

「君は大人しくしてるように言ったはずだろ」

「大人しくしていたって聞こえてくるわ。人魚が闇市で販売されるくらい」


 事実、日時や場所までは安全面を配慮し、確実にオークションへの参加を行う人物たちにしか公開されていないが、確かな情報だった。


「言いたいことはわかる。前と同じだ。勝算がない」

「そうね。

「それに今回は、闇市だ。前とは安全性が――」

「ヘタレ」

「君にそれを言われると何も言い返せないからやめてくれ」


 ゾイスがたばこの灰を落としながら、苦虫をかみつぶしたような顔になる。


「だから、シェアトに何も言えずに別れることになるのよ」

「………………あぁ、君が僕が故意に隠していたことに怒っているのは理解したよ。だから、その話はやめてくれ」


 襲撃事件の時、コーラルの両親は、無理矢理使用人たちを屋敷から家に帰した。そして、愛する娘には苦痛を感じないよう、睡眠薬を飲ませた。

 誤算だったのは、自室で眠るコーラルの元に、彼女の付き人であったシェアトが帰ってきて、コーラルを起こしてしまったことだろう。

 シェアト自身、コーラルの両親から頼まれたゾイスに止められていたはずだった。

 その日はずっと一緒にいるように、もし手を離したなら、愛している彼女が死ぬかもしれないことを聞いていたにも関わらず、ゾイスは、彼女を愛していた故に、手を離してしまった。

 最期まで、愛しているという言葉すら囁くことすら出来ずに。

 次に目にした愛する彼女は、何度も殴られ、鋭利な刃物で刺され、息絶えた姿だった。


 それを後悔していることは、コーラル自身がよく知っていた。

 そもそも犯人が、シェアトを愛し、シェアトの愛がゾイスに向いていたことに怒り狂い、あの事件を引き起こしたのだから。

 事件直後、駆け付けたゾイスは、コーラルとシェアトに執拗にナイフが突き立てられた痕を見て、すぐに犯人に思い至ったのだろう。


『愛してた』


 魔法も使えない人間が、死者を蘇らせようと、人間一人分の材料と魂を用意して、涙ながらに禁忌を犯せなかった男の愛の囁きを聞いた。


「僕は単に難しい言っただけだよ。

 実際、君に彼らが出品されるオークションの開催場所は調べられるのかい? 会場に入るためのチケットも。

 なにもかもが、僕頼りだなんて言わないよね?」


 今度は逆にコーラルを糾弾するような視線。

 7歳の時から親代わりをしてきた。聡い彼女は、自分の力を理解して、他人に頼ることを理解している。

 今回のことも、自分に頼れば、会場の場所もチケットも手に入れられることを理解している。


 だからこそ、断った。


 コーラルの思い通りに事が進めば出会う存在も、目に見えている。

 今度は、手を離さない。たとえ、彼女に一生恨まれたとしても。もう二度と、あんな惨めな思いはしたくない。


「…………それが一番穏便なだけ」


 ゾイスの言葉に、静かに目を閉じたコーラルは、まるで断られることを分かった上で、別の方法を用意していたようで。


「……どういう意味だ?」


 思わず聞き返せば、答えはドアの向こうからやってきた。


「こういう意味さ!」


 店に入ってきたシトリンは、自信満々というように微笑んだ。


「シトリン・T・ヴェナーティオ……」

「ザッツライ。その通り!」


 正規の獣人など幻獣取り扱い店の最王手であり、元締めともいえるヴェナーティオ家の長男であるシトリンがここにいる理由は、容易すぎる程にわかった。

 ほとんど一方的とはいえ、懇意にしているコーラルが頼れば、この男は応える。確実に。


「これはヴェナーティオ家が関わるような案件ですかね? 貴方方が、下手に闇市へ手を出せば、それこそ市場が崩壊するのでは?」


 質は担保されていても高額な正規品は数が少なく、一般の魔術師はおいそれと手を出すことはできない。しかし、娯楽としてではなく、魔法の探求に必須であることも多く、リスクや質の問題はあっても、安価な闇市は魔術師から重宝されており、全ての闇市を取り締まってしまえば、一般の魔術師から反感を買う。

 正規に狩人として登録している魔術師にとって、闇市の存在は確かに忌むべきものではあるが、だからといって魔術師の需要に答えるだけの供給を確保するのは不可能であった。

 だからこそ、ヴェナーティオも、目に余ることがなければ、闇市の存在を黙認していた。

 それでも、闇市摘発件数は、他に比べて多い。


「親友の一大事だ。親友として尽力するとも」


 表情は微笑んでいようと、ゾイスを見上げるその視線は、狩人であり商人だ。

 コーラルの事だけではない。今回は、闇市の摘発も視野に入れているのかもしれない。


「一応、訂正しておくけど、親友じゃなくて、ただの学友」

「ふふ。その通り、学友しんゆうだ」


 親友という言葉を否定すれば、当たり前のように否定された。いつもと変わらず、こちらの話を聞かないシトリンに、小さくため息をつく。

 その様子に、シトリンも楽し気に少し目を吊り上げた。

 彼も彼なりに、コーラルのことを気遣っているらしい。あくまでいつもと変わらない表情で、常識で感情を塗り変えたコーラルの地の色が、少しだけ見える。


「学校というのは交流の場ともいうが、もう少し友達は選んでもいいと思うな」

「そうね。それは思う」


 全く気にしていない表情で、言葉だけは悲しむような言葉を発しているシトリンに、コーラルはグラスを傾ける。


「親代わりとして、交流関係を確認したいな」

「別居してる親代わりじゃ、親友か恋人が限界じゃない?」

「僕が一緒にいると、ひどく威嚇されるんだ。知ってるだろう?」

「そりゃ、昔、隙あらば売り飛ばそうとしてたら、そうなるわよ」

「殺されかけた君が言うセリフか?」


 コーラルも喧嘩するたびに、シトリンへ売却について電話をかけているが、それは笑顔に隠しておくシトリンであった。

 ちょうどポケットから感じた震えに、電話を出れば、待っていた連絡だった。


「コーラル。手に入ったよオールグリーンだ


 オークション開催場所、日時、出席者、チケット、全て手に入った。


「そんな場所に本来の所有者である君が現れたとして、チケットを持っているからと素直にいれてくれるとは思わないよ」


 加えて、闇市と睨みあっている立場である、ヴェナーティオ家次期当主も、闇市のオークション会場に来て、チケットを見せれば、はい。どうぞ。とはいかないだろう。


「紙切れ一枚で、無用な争いが避けられるなら、それが一番さ!」


 つまり、避けられないのなら争う気ということだ。

 止められるはずもない。

 コーラルが、シトリンに助けを求めた時点で、こうなることはわかっていた。本当の意味で、大人しくしてくれていればよかったのに。


「わかった。僕もついていく」


 せめて、手の届くところに。


 コーラルが席を外し、シトリンとふたりきりになれば、おもむろに煙草を取り出し、火をつける。


「しかし、実害が出ていないのに、ヴェナーティオ家がここまで協力するとは思いませんでしたよ」


 先ほどコーラルと話している時より、少し冷めた視線に、シトリンは数瞬瞬くが、すぐに目を細め、笑みを作った。


「彼女が求めるならば、なんとでも」


 晴れやかとは程遠い笑み。


「……妙なのに好かれてばかりで、心配になるな」


 つい、顔を覆ってしまった。

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