09
シトリンと協力を始めた放課後の事。
席を立とうとした時だ。隣から声をかけられ、目を向ける。
「昼間、ヴェナーティオの奴となんか話し込んでただろ」
「えぇ」
「お前には借りがある。俺で、なにか手を貸せるなら貸す」
腕を組みながら、取り繕ったいつもの様子で、雑談のように切り出す。
しかし、コーラルを見つめる目は、まっすぐとしていて、つい口元を抑えてしまう。
「なっ……!!」
「失礼。本当にヘタクソだと思って」
わかりやすくて、クリソたちがちょっかいをかける理由もわかる気がする。
動揺したダイアは、恥ずかし気に乱暴に頭を掻くと、やめだ。やめだ。と頭を横に振る。
「お前たち風にしてみたが合わねェ」
「もっと練習が必要ね」
浮かせていた腰を下ろすと、意地悪な笑みを浮かべた。
「シトリンから聞いてたの」
どうか、拒まないでと。
君は、手を借りることに躊躇しないが、誰かに弱みがバレることは嫌うだろう、と。
協力もシトリンから申し出てきた。今のところ、シトリンの予想の範疇と言ったところか。
「それは、セレスタイン家も味方ってことでいいかしら?」
「”俺で”って言っただろ。あくまで俺だけ。エンジュさんは関係ねェ」
感情の読めない笑みに、喉の奥で唸る。
「不満かよ」
セレスタイン家の後ろ盾があるなら、安心や信頼が違う。しかし、あくまでこの件を知っているのは、ダイアだけ。
「そうね。追跡とかは得意そうだけど。なんだったら、あいつらの靴下の匂いでも嗅ぐ?」
「いつなんだ?」
ダイアの意外な返事に、コーラルもつい言葉に詰まる。
「だから、アイツらがいなくなったのいつだ。最近なら、匂いで辿れるかもしれねェだろ」
明らかにいつもよりもコーラルからする双子の匂いが薄いため、昨夜だろうが、制服はいつも着ているし、貴族なら自分であまり服のメンテナンスをすることは少ない。それならば、匂いが大きく薄くなるのは、シャワーの時くらいだ。
四六時中一緒にいるわけではないため、詳細に匂いの変化を記憶しているわけではないが、鼻につくのは微かに香る程度のため、双子と会っていないのは、コーラルがシャワーを浴びる前だということくらいしかわからない。
「――って、なんだよ」
見たこともない引きつった表情で、こちらを見つめるコーラルに、おかしなことを言ったかと狼狽えれる。
「いや、お前、自分の体臭について語られたら、普通に怖いから。
一応、教えておくけど、一部の変態以外の人間は、自分の体臭についての詳細は知りたくないし、知られたくないものなの。
もし、知ったとしても、見ない、聞かない、嗅がないが基本。例外は、明らかに香水を使ってる場合だけ。わかった?」
「俺だって普段は言わねェよ!」
子供ではないのだから、さすがに気になった匂いを聞いて回るようなことはしない。
「まぁ、そうね。でも、車に乗せられたらしくてね。今は必要ないわ」
当てがあるなら、鼻で探すこともできるだろうが、さすがに車で誘拐されたのを鼻で探すのは無理だ。
他に手伝えることはないかと、考えた時だ。
突然、コーラルの肩が掴まれた。
「どどどどどどどういうこと!?」
正直に言えば、何と言ったのか、全く聞き取れなかった。
ただわかるのは、ふたり以上に混乱して、コーラルを揺さぶっているが、それ以上にローズ自身もふらついていた。
「お、おい。落ち着け」
コーラルから引き剥がしつつ、ローズの体も支えるが、小刻みに震えている。
爆発寸前の爆弾のように。
「にん、人魚がさらわれ、いな、いないないなんぎゃぐぐぇっぎぇ……!!」
「なんで私以上に動揺してるの……」
触らなくてもわかるほど震えるローズに、コーラルも呆れを通り越して心配になる。
「だってだってだて人魚がぁ、人魚ぉぉぉ」
「……あぁ、これアレね。ホラーとかで見る、自分以上にみすぼらしい奴がいると落ち着くっていう」
「みすぼらしいとかいう問題じゃないだろ!? これ!!」
本能的に不安になる震え方だ。
どうしたものかとかける言葉を考えていると、ふと現れた布が、ローズの口を抑え、徐々に震えが収まったと思えば、そのまま力なく倒れていく。
そんなローズを確認すると、布を当てていた当事者は、布を口から話すと、ローズを抱え、壁に寄り掛からせた。
「ご苦労様」
「プレーゴ!」
「物騒だな!?」
しかし、少しだけ安心してしまった自分もいた。
先ほどの容赦ないシトリンの行動を見たクラスメイトは、目を合わせないようにそそくさと教室を後にしていく。
もし関係のなかったら、ダイアだって距離を取るし、逃げたい。
「まだ人魚に関する情報は見つかっていないが、コーラル、君の方は?」
「特にないわ」
「そろそろどちらかに何か情報が入ってきてもおかしくないと思うのだけど……」
販売にしろ、交渉にしろ、そろそろ何かしらの情報が出てくるかと思ったのだが、未だ手掛かりはない。
「あのー……」
ふと足元から聞こえた声に、その場にいた全員が目をやれば、強制的に落ち着けさせられたローズが、床に倒れたまま、目を覚ましていた。
「起きたなら、立った方が良くないか?」
「いや、なんか、体が動かなくて……」
「あぁ、意識消失の短い麻酔だからね。無理に動くと、転んだり、ぶつかってしまって危ないよ。ただ安心してほしい。五分もしない内に動けるようになるから」
「なんつーもん持ち歩いてんだ」
変人、奇人で済ませられるレベルではない。
しかも、全く悪びれず笑顔でいる辺り、頭が痛くなる。
「話を聞いてたんですが、私、ちょっと気になることがあって……」
「気になること?」
「はい。ネット仲間なんですけど……ヘイ。ベル。マーメイドラバーの会の掲示板を開いて」
うまく動けないため、音声で操作すれば、開いたネットの掲示板。
「人魚好きの集まりで、昨日、自称飼育員の方なんですが」
人魚が水族館や動物園で飼われている場所はない。そのため、飼育員と名乗っている人物が嘘をついていないなら、人魚を所持している貴族の使用人もしくは、市場で人魚の保管などをしている人物のどちらかということになる。
しかし、ローズが多数の質問をしながら感じたのは、この人物は常に人魚に触れられる場所にいるわけではないということだった。
ならば、自然と後者となるのだが、あくまでネットだけの知り合いであるし、嘘をついている可能性だって重々にある。
「人魚を見ているような呟きがあって」
「失礼。借りるよ」
シトリンが携帯を拾い、掲示板を追う。
「あぁ、これだね。『人魚もやっぱり水中の酸素は重要だよな』か」
その発言以降、人魚はエラ呼吸と肺呼吸のどちらが主体なのかという議論に発展している。
その議論の間にも、妙に見てきたような発言がある。
「足りなければ、魔法で水と空気を混ぜている。水上に顔を出しているのもいた。ふむ……彼は、闇市の生物の管理を任されているのかな?」
まともな販売店なら、そんな人魚が酸欠になるような状況にはしない。しかし、嘘を言っている様子でもない。ならば、考えられるのは、まともな設備も知識もない場所で、水槽に詰められた人魚が酸欠に喘ぎ、自分でどうにかしなければいけない状況で閉じ込められていることだ。
つまり、闇市。
「調べる価値はありそうだ」
シトリンはアドレスを保存すると、携帯を動けないローズに返した。
「いいえ。少しでもお役に立てれば」
気にしていないローズに、おかしいのは自分だけなのかと心配になり、コーラルを盗み見れば、そっと顔を逸らされた辺り、自分だけではなかったようだ。
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