08

 紫煙が浮かぶ部屋の中、パソコンに表示される文字を追っていると、少し大きな音を立てて置かれたブランデー。


「こういう時、コーヒーじゃなくて酒を置くのが君だね」

「素直に礼を言いなさい! そんなんだから、コーラルも素直じゃなくなるのよ」


 オーナーは呆れながら、片手に持ったウィスキーの入ったグラスを傾ける。


「何か情報はあったかい?」

「目ぼしいものはなし。人魚の肉なんて、妄信してる権力者がこぞって欲しがるものだし、他の部位も魔術師たちが欲しがりそうなのに……」


 情報が無さ過ぎる。

 捕まえた後にそのまま売ることも、殺して売ることもせず、囲い込んでいるように。

 個人で捕まえたのならありえなくはない。どうしても、双子の人魚がほしくて、腕の立つ密猟者を雇い、捕まえた。それなら、外に売られていないことの理由にはなる。


 しかし、ここで問題になるのは、その人魚がアークチスト家であるコーラルの従者であり、所有物であることだ。

 アークチストが宙の精霊との契約者であることを知っている相手であれば、報復対象になるような行動は控えるだろう。

 人魚というだけであれば、数は少ないとはいえ、所有している人はいる。リスクはそちらの方が低い。


 知らない相手であれば、ただの元貴族というだけ。そこから犯罪行為をして盗んだ。正規に契約しているから、警察に逮捕されないように隠している。

 これならば、一応今の状況と合致する。


 もうひとつは、人魚が目的ではなく、人魚の主人であり、攫われたとなれば動くであろうコーラルが目的の場合。

 金目的ではないだろう。金はないし、それこそ狙いやすくて、身代金を奪いやすい相手はもっといる。

 では、魔術? 契約?

 アークチストは歴史ある魔術師の家系だ。その魔術の価値は計り知れない。


「コーラルの方に、何か連絡はあったの?」

「いいや」


 それならば、コーラルに交渉の連絡が入るはずだ。しかし、未だにそれはない。

 それに、使用人の人魚なんて、切り捨てられる可能性のあるものだ。交渉に使うには、少し弱くないだろうか。


「ふむ……」


 コーラルに危険が及ぶならば、排除しなければいけない。

 それは、アークチスト家との契約ではない。

 恋人との約束だった。


「あんまりひとりで突っ走ると、また喧嘩するわよ」


 ゾイスは、コーラルのことは守るが、もし、コーラルが双子のせいで危険なことに巻き込まれるのなら、容赦なく双子を見捨てる選択を取らせようとする。

 それで喧嘩する様子を何度見たことか。


「アンタたちお互い素直じゃないんだから」


 今でも覚えている。ふたりの喧嘩に、苦笑いでため息をつくコーラルの付き人であり、ゾイスの思い人であったシェアトのことは。

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