04
オーナーである父から、双子の人魚をオークションにかけると連絡が入った。
その人魚と出会うのは、これで3度目だ。
人魚の雑種で、双子の稚魚。それだけで価値は十分だが、稚魚の購入者のほとんどが愛玩者だ。素材としての価値を求める購入者は少ない。
だが、この双子の人魚、攻撃的な性格な上に、魔術の素質も高いため、魔獣、魔物、さらに獣人なども扱いなれているヴェナーティオが管理している状況であっても手を焼いているし、それが慣れていない家庭に買い取られればなおさら。
結果、愛でるために買った購入者は、またこうしてここに売り戻す。
「相変わらずの人気ぶりだ」
目玉として発表はした双子の人魚は、前回同様の人気ぶり。
見た目の傷は増えているし、片方は少し衰弱して、水槽にぐったりと寄りかかっている。
「せめて、泳げるくらいにはした方がいいんじゃない?」
手を焼くのは理解するが、ここまで衰弱していては逆に値が下がりそうだ。
「オーナーもそれは考えてたさ。ただ」
回復魔法や回復薬を渡すにしろ、先程から水槽の中で威嚇を続けるもう一方が問題だった。
ガラス越しだというのに、近づけばガラスごとこちらを襲おうと爪が立てられる。すでに何度か穴が開いて入れ替えている。
「布をかけて落ち着かせるから、手伝ってくれ」
布をかける間も、こちらを睨み続ける人魚に笑って手を振れば、尚更怒らせてしまったらしい。
特別な力を持っていれば、彼らが手を振り返してくれるのだろうか。
その昔、人や動物の心を読んだり、心を変えることができる魔術師がいたらしいが、残念なことにその力は持っていないし、その力を持っている知り合いも知らない。
オークションまではもう少し時間がある。外の様子を見て来ようと、人魚につられて増える客を眺めていれば、ふと目に入った珍しい人物に、窓に張り付いて確認してしまう。
元々オークションにはあまり顔を出さない人物が、確かにいた。
「コーラル!」
コーラルのあからさまに嫌そうな表情は無視して、シトリンは傍によると、頭のてっぺんから足先まで確認する。
「怪我は、大丈夫というわけではなさそうだね」
1ヶ月前だ。アークチスト家が襲撃され、コーラルも重傷を負った。
怪我の詳細は知らないが、決して浅くはなかったはずだ。
「今日はどうしたんだい? もしかして、何か入り用かい?」
「あぁ。君も知っての通り、彼女を守る人が必要でね」
襲撃事件の犯人はすぐに捕まえられたが、アークチスト家を狙う危険はそれだけではない。事件直後は、ゾイスたちアークチスト家と関わりの深い魔術師がコーラルを守っていたが、落ち着きを取り戻し始めた今、改めてコーラルには護衛兼使用人が必要だった。
それ自体、ゾイスも賛成だが、わだかまりが多そうな販売店から買うのは少し反対だった。
「見せてほしいのだけど、いいかしら?」
「もちろんだとも。案内するよ」
相手はアークチスト家の令嬢。通常の販売ブースを越えて、関係者以外立ち入り禁止の区域まで案内する。
基本的にはコーラルが決めるだろうが、財布の紐はゾイスだろうか。
シトリンがゾイスに目を向ければ、ばっちりと目が合い、首を横に振られた。どうやら、読まれていたらしい。
「できれば、新しいもの。初物だといいな。種族は問わないが、性格は大人しめ」
「人数は? 複数かい?」
「どちらでも」
「できればひとりがいいな。予算も多いわけじゃない」
「でも、身体能力と頭脳両方になると値が張るわよ。別個の方が、結果的に安い可能性もあるわ」
「その分、食費や衣服で、継続的な費用が掛かるだろう」
「オーケー。その辺りも含めて検討だね」
ゾイスとコーラルの語る条件と合致する商品を頭の中に浮かべて、いくつかの檻へ向かう。
いくつかを見て回って、コーラルとゾイスはまだ頷いていない。
アークチスト家とはいえ、高い買い物ではあるから、時間が掛かるのは無理はない。
「そうだ。シトリン」
「ん? なんだい?」
「今日、何か特別なことでもあるの?」
外の賑わいの事だろうか。
ゾイスが少しだけ目を細め、コーラルを見下ろす。
「人魚のオークションだ。しかし、条件に合致する相手じゃない」
諭すように答えたゾイスに違和感はあるが、内容そのものに違いはない。事実、彼らは攻撃的な性格だし、初物ではないし、今までの経緯からしても人はあまり好んではいないだろう。買い取った後に、普通に接すれば懐柔されるような相手ではない。
「ゾイスさんの言った通りだよ。これから、人魚のオークションがある。条件には合わないけど、人魚の雑種の稚魚なんて珍しいものだし、見ていくかい?」
「人魚の雑種?」
「あぁ。メロウの血も入っているみたいでね、人間に変身することもできるよ。でも、セイレーンの血も入ってるからか、見た目は醜くはないね」
「へぇ……本当に珍しいわね」
「だろう」
人魚の水槽に案内する間、考え込んでいる様子のコーラルに首を傾げる。
「狂暴だから気を付けて」
布を捲れば、水槽の傍らで小さく丸まる双子の人魚がいた。どうやら、落ち着いたらしい。
だが、コーラルが覗き込めば、ひとりが目を覚まし、こちらへ爪を立てる。
ピシリとガラスに白い筋が入る。その迫力に従業員たちは動揺したものだが、コーラルはじっと彼らを見つめていた。
「ねぇ、この子たち、何度も戻されてるの?」
「そういうことを言わない」
ヒビが入ったことに活路が見い出したのか、人魚は大きく尾びれを動かし、ガラスを叩きつけた。ヒビが広がる。
危険だと、コーラルの肩を掴もうとした時だ。その広がっていたはずの白い筋は、一瞬にして透明に戻った。
「……」
修復魔法を使った様子はなかった。
ただ突然、割れていなかったかのようにガラスが元に戻った。
「残念」
しかし、それをコーラルがやったということだけは、理解できた。
「コーラル。どうしたんだい? 気になった子がいるなら、教えてほしい」
人魚を見る前から、何か考え込むようなコーラルは、変わらず悩んでいるようだった。
「ここに来る前に、占ったのよ。それで、今日、ここで飼うと良いって結果が出たの。他の日じゃなくて、今日だけ。この場所で」
だから、なにか特別な何かがあるのではないかと、そう思っていたらしい。
「貴方に案内してもらったものは、全部今日である必要はなかったわよね?」
「縁というものはあるだろうけどね。ただ、昨日、今日仕入れられたものはないね」
「ということは……」
今日である必要のあるものといえば、人魚くらいだ。
「却下」
「じゃあ、ゾイスのお眼鏡にかなった子はいた?」
「……そもそも私は買うのには、あまり賛成していないのだが」
「人手が無いんだから仕方ないでしょ」
苦虫を噛みつぶしたような顔をするゾイスに、シトリンも同意する。
アークチスト家の占いは、ある意味占いというより、予知に近い部分がある。例えば、襲撃の前からアークチスト家は、占いで破滅の結果を出していたが、回避できるものではないことを知ると、彼らは皆諦め、その結果を受け入れた。
だから、良い結果が出ている原因を理解したなら、わざわざ悪い方へ向かう理由はない。
「素朴な疑問なんだけどいいかい?」
「なに?」
「予算は平気かい?」
人魚の双子のオークションだ。ヴェナーティオとしても、目玉にするほどの金額が動く。
正直に言って、アークチストの資産では競り落とせるか怪しい。
すると、コーラルは少しだけ目を瞬かせると、手を打った。
「そういえば、今後のことは占ったけど、オークションで競り落とせるかは占ってなかったわね」
しかし、楽し気に笑みをこぼす。
「でも、平気よ。どうにでもなるわ」
それは、アークチストらしからぬ、いたずら心に溢れた笑みだった。
ひとりの客に肩入れするのは良くないが、人魚のオークションに大きく関わってくるであろう人物たちを教えるのは、ギリギリ許してはもらえないだろうか。
「彼は愛玩者でコレクターだ。特に幻獣には目が無くてね。今回、値を釣り上げるひとりだろうね」
「その隣は、権利主張派。セレスタイン家とも懇意のようだよ。前に獣人たちのコミュニティを作っていた」
「彼女もそうだね。ただ、愛故のトラブルも多くてね。しかし、うーん……今回は相手が悪い。資産が足りない」
「……博士も来てるのか。こちらとしては、できれば競り落としてほしくない相手だ」
「あとは、ルチル・クォーツ。お得意様だ。貴族らしい人だね」
ハートリーに似ているかもしれないが、決定的に違うのは、こうしてよくオークションや買い物を行うことだ。
ざっと説明すれば、ゾイスは静かに目を伏せる。アークチスト家の遺産がどれほどかは知らないが、規模からすれば彼らに勝てる望みは薄い。
「オークションはもうすぐだ。さすがに、これ以上いると不正を疑われてしまうかもしれないからね。私は下がるよ。コーラル。君に幸運を」
「ありがとう」
席についたゾイスは、重い息を吐き出した。
「コーラル。本気で、彼らを競り落とすのか?」
「星の導きが示しているのだから」
「その星の導きを歪める気満々だろ。君」
「あら、貴方の貯金を崩してもらえる?」
「一般人の貯金を当てにしないでくれ。彼らからすれば、チップにもならない」
こうなったコーラルを止められるとは思わないが、別の方法を模索してしまうのもまた事実だった。
占いが示した良い買い物が彼らを示していて、それをコーラルが競り落とすことでコーラルに良い結果がもたらされるのであれば、ゾイスも文句はない。なんでもありなら、コーラルは問題なく彼らを競り落とすことができるだろう。
負けが目に見えている勝負なのだから。
だが、彼らが違ったなら? その確信が得られない。
この後に、何かが入る可能性は?
コーラルが干渉することで、その可能性が潰える可能性は?
前座のオークションをBGMに、疑問は頭の中にぐるぐると回る。
先ほど見た凶暴さ。彼らがコーラルを襲う可能性だって十分にある。人間に変身できるのだから、オークションで競り落とした人から逃げ出すことだって可能だろう。
「さて、皆さまお待ちかね! 今回の目玉! 人魚のツインズ!!」
幕が剥がされ、水槽の隅にいた彼らが眩しそうに眉を潜め、何かに気が付くとひとりが歯を剥きだしにしている。
防音魔法が掛かっていなければ、威嚇が聞こえているのだろう。
「コーラル」
「くどい」
熱を帯びたように上がる価格。新車一台から、瞬く間に都心で一軒家が買える値段に上がる。まだまだ終わる気配はない。
コーラルも、両親に残された遺産から出せる限界の金額を上げるが、易々と塗り替えられる。
シトリンの言う通り、残ったのは先程の5人。
「この後、何かが手に入る可能性もある」
最初に脱落したのは、資産が足りないと予想を立てられていた権利主義者の女。
「君が介入することで、その可能性が潰える可能性もある」
次は愛玩者の男。
「なにより」
次に研究者が手を下し、権利主義者の男と貴族との一騎打ちになる。
「私は反対だ」
はっきりと告げれば、コーラルの丸くした目と視線が合い、光を伴い歪んだ。
そして、視線を司会へ戻すと、ガベルが鳴らされる。
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