02
その日。珍しくコーラルはひとりだった。
教師たちも、双子がいないことに当たり前のように対応していた。
「風邪か?」
あの双子が体調を崩したというのは、些か違和感があるが、絶対にないとも言い切れない。それでもやはり、あの双子が体調を崩している姿は想像がつかないが。
「野暮用よ」
「野暮用? ふたりだけでか?」
「そうよ。出席日数と単位さえ足りてれば、問題ないもの。あいつらは、頭もいいし。問題があるとすれば、飛行術くらい」
「里帰りか?」
片時もコーラルから離れたがらない双子が、ふたりして離れるのを容認するとすれば、星祭の時のような足手纏いになるか、もしくはコーラルがいると困る場所、海の中にいくとかだろう。
隣に座りながら質問すれば、少しだけ驚いたようにこちらを見つめる。
「ダメだったか?」
「別に構わないわ。当たり前のように座るから驚いただけ。考えてみたら、貴方、席を探すだけでも面倒だものね」
席順が決められていない講義では、獣人であるダイアの隣に座る生徒はそういない。席数の都合で、仕方なく隣になることはあっても、避けられるならば避けたいというのが本音の生徒も多い。
最終的には、ダイアが気にせず、席に着くのだが、人によってはあからさまに嫌がらせをするため、ダイアとて人を選ぶ。
清々しい嫌味は言う悪人ではない生徒は、ある意味、気が楽ともいえる。
「あの双子がいないなら、テメェにとっても悪くねぇだろ。サイズ感も似てるし」
「あら残念。数が足りないわ」
「席も足りないだろ」
コーラルが座る、一番後ろの端の席。開いているのは、今、ダイアの座る、コーラルの右隣だけだった。
つまり、最初からあの双子は来る予定はない。
「随分と言うようになったわね。それとも、それが素かしら?」
「会うたびにそんな会話されてたら、誰でも覚える」
「パブロフの犬ね。貴方の場合、獣人族の犬の方が似合うかしら?」
「……あの双子がいねェからイライラしてんのか?」
「そうね。話し相手ができて、浮かれてたわ」
いつもはべったりと感じる双子の匂いがほとんどしないのは、昨夜から会っていないということだろうか。
それに、やはりいつもとは様子が違う。
なにかあったのか聞くべきか。しかし、先程はぐらかされたばかりだ。
魔術師であるなら、冷酷に、自分の利とならないなら、手を出すべきではない。
魔術師であるなら。
「なぁ――」
「あれ!? 今日は、おふたりはお休みですか?」
「休みよ。何か用?」
ローズは残念そうな顔をすると、コーラルにそれの紙を見せる。
「クルーズ客船のペアチケット?」
「スーパーの福引で当てて、よかったらどうかなって。うちは弟が小さいから、ひとりにもできないし、クルーズ客船なんて乗れないだろうし」
「というか、お前、人魚にクルーズ客船のチケット渡すって……」
ダイアが少し引きつった表情になる。海に行く口実なのかもしれないが、人魚を船旅に誘うというのはいかがなものなのだろうか。
どちらかといえば、船旅をしている人を襲う側の存在なのだが。
「それはそれで少し見たいというか……や、やっぱり、ダメですかね?」
「貴方も相当ね……」
人魚に憧れていたというのは、良い逸話だけではなく、悪い逸話も含めてらしい。そこまで好きだというならば、もう何も言うことはない。
コーラルは呆れながらも、そのチケットを裏返す。
そして、突き返した。
「残念。種族は人間に限るそうよ」
この手のチケットにはよくある、種族の制限。
どうやら、そこの文言には気が付いていなかったらしく、ローズは慌てて裏の細々とした注意書きを呼んで肩を落とした。
昼休み。
気が付けば、コーラルを見失っていた。てっきり、食堂で昼食を取るものかと思っていたが、時計が半分回ってもコーラルの姿はない。
「何か探し物?」
「エンジュさん! あ、いや、探し物というか……」
「手伝う?」
そわそわと忙しなく動く耳に、つい声をかけてしまえば、ダイアはなにやら難しそうに考え込むと、首を横に振った。
「とりあえず、自分だけで探してみます」
「そう。何か困ったら言ってね?」
「はい。ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げるダイアは、食堂を後にしようと一歩踏み出すが、何か思い至ったように、足を止めると、エンジュに向き直る。
「エンジュさん。ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なにかしら?」
「魔術師ってのは、冷酷に、目的のためなら、自分の命すら道具のひとつと思わないといけないですよね。他人の面倒事に、進んで巻き込まれていくなんて、魔術師として失格、ですか」
獣人の権利を取り戻すため、獣人が獣とは違うことを、獣人が知恵の象徴である魔術師足りえる存在であることを証明するために、祀り上げられたダイアにとって、その質問はいつだって頭の中に渦巻いている。
困っている相手がいるなら、ましてそれが自分の知り合いで、友人であるなら、助けてやりたい。手を差し出してやりたい。
しかし、魔術師にとってそれは、不向きな性格。
ダイアの後ろ盾であるセレスタイン家は、異なる種族が手を取り合うことを後押ししてくれている。
「それが、命を捧げることのできる魔術師としての信念であるなら」
だから、セレスタイン家次期当主でもあるエンジュの言葉は、魔術師としての答えであり、
「それに、ダイアがダイアらしくいることが、きっと獣人たちの願いよ。私も、それが愛おしくて、大好きなの。だから、困ったら教えて。私は、貴方のように手を結ぶことは苦手だけど、力にはなれるから」
エンジュ個人としての答えだった。
コーラルの姿は、人気のない中庭にあった。電話をしているようだ。
双子だろうか。それならそれでいい。ただ、この不安を晴らしたいだけだ。
「アメージング! 獣の太陽。君は本当に素晴らしい!」
「ヴェナーティオ!?」
相変わらず、気配も音も、匂いもしなかった。
さすがは獣人の天敵と、驚きを通り越して関心してくる。
「しかし、実に良くない。それは
「は?」
表情はにこやかなのに、肩を掴む手は逃がさないというように力強く、そのプレッシャーにダイアも息をのむ。
「君は、私が彼女と話を終えるまで、姿を消しておいてくれるかい?」
それは、自分では意味が無いと言われているようなものだ。
「うん。君では、青バラの君を懐柔できないと言っているんだ」
ダイアの心を読むように答えるシトリンに、奥歯が軋む。
「テメェならどうにかできんのかよ」
冷静に考えれば、シトリンの言葉は、ダイアの不安が当たっていることを指している。ならば、下手に事を荒立てれば、シトリンの言う通り、コーラルは口を閉ざす可能性がある。
「できるさ。ちょうどいい
だから、ここは下がれと。言葉のない命令に、ダイアは軋む奥歯を解放した。
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