08

 寝苦しさに目を開ければ、見慣れない天井。


「あっつ……」


 ここがどこかよりも、なぜ寝ているのかよりも、この部屋の蒸し暑さに声を上げてしまう。

 暖炉の火は轟々としていて、ベッドの上には、これでもかと乗せられた布団。

 じっとりと肌に汗が染みている。

 双子は席を外しているのか、部屋の中にはいない。


「窓開けるか」


 暑すぎる。

 カーテンを開ければ、一面に広がる白。


「雪……?」


 その光景でようやく、今までのこと思い出し、慌てて魔水晶を取り出し、覗き込む。

 あの時、良くない結果が出た方向に身を乗り出し、魔眼を使ったが、どうやら当たりだったらしい。少し痛みが残る腹部に息をつく。

 魔水晶によれば、危険な気配はない。眠っている間に、双子が片付けたのだろう。


『屋敷に籠り、そこに彼らが襲撃すれば、明らかな報復対象になるでしょう。その方が、僕らがやるより確実です』


 あの時、クリソが言った通りだ。その方法は確実だ。

 でも、できない理由があった。

 あまりにも個人的で、特にあのふたりには言えない理由が。


 占いの結果を見た後、精霊の力を借りて、屋敷に残った場合の未確定の未来を視た。

 少しだけ浮遊感のある感覚。だけど、はっきりとしない癖に、妙に実感のある足元。その静けさが、まるであの日のようで、部屋を飛び出した。

 そして、行われたのは、あの日の繰り返し。

 最初はクリソだった。逃げろと叫んで、アレクに腕を引かれたが、易々と奪われた命に、足を止めてしまったアレクと私は拘束された。

 どうにか、アレクが私の拘束を解き、逃げろ、生きろと、あの日と同じ言葉に、私は、もう、目を逸らせなかった。

 最後に見た光景は、アレクすらも息をのみ、恐怖する目で見上げる姿。

 

 未来視はそれで終わったが、まさか魔眼を暴走させるとは思わなかった。

 確かに、あの双子を大切に思っていることは自覚している。自覚はしているが、あの双子が自分を守って死ぬことで、魔眼を暴走させることになるとは思っていなかった。


「……暑すぎ」


 思考すら止まる暑さだ。この部屋。

 汗が止まらないし、下手すれば真夏を超えるし、湿度を保つためか湯まで置いてあるから、一種のサウナだ。辛うじて、ベッド脇に置かれている水だけがある意味救いではある。

 あの双子に今度、人間の快適温度というものを教えなければ。


 布を羽織ながら、ドアを開ければ、心地の良い冷気が肌を撫でる。

 一息ついていれば、ふと目に入った入口脇にの積もった雪。


「うわ!? なにしてるの!?」


 アレクとクリソだった。

 入口の両隣で座り込んで、雪が頭にこんもりと積もるほど、長い間じっと座っていたらしい。


「よかった。起きたんですね」

「起きたけど……風邪ひくわよ」


 クリソの頭の上の雪を払ってから、アレクに手をやれば、頭を振られて拒否された。

 雪は落ちたけど、なんだか妙に避けられた。


「ひかねーし。触んな」

「いつも無駄に触ってくるのはどっちよ」

「人間はこれでも寒くて死ぬんだろ!」

「……」

「流氷の海ならもっと寒いし、深海はもっと静かだし――」


 双子の頬に触れる。元から冷たい肌が、雪の中、何時間も座っていたから、なおさら冷たくなっている。

 慌てたように避けようとするが、強めに摘まめば、不貞腐れたような表情でこちらを睨む。


「離せよ」

「うーん……相変わらず冷たいわね」

「コーラルの体温を奪ってしまいます」

「この程度なら問題ないわよ」

「でも、俺らが触ったらどんどん冷たくなっていったじゃん」

「温度差どれだけある気? 今、お前たちに触れて、火傷していないのだから、そんなに温度差あるわけないでしょ。死人でも、少しは温かいわよ」


 先ほどまで冷たかった頬も、ゆっくりと感じなくなっていく。

 泣きそうな顔で睨むふたりは、少しずつ目を閉じると、触れている手に首をもたれ掛ける。


「死にかけていたんです」

「そうみたいね」

「死んじゃうと思った」

「生きてるわよ」

「怖かった」「怖かったです」


 コツリと音がふたつ落ちた。


「入らないの?」


 そろそろ部屋に戻ろうかと思ったが、部屋に入ろうとしないふたりに問いかければ、双子は困ったように笑う。


「暑くて」「アッチーんだもん」

「みんな思ってるなら、窓開けるわよ!!」


 手始めにドアを開ければ、先程以上に蒸し暑くなっている熱気が溢れ出してきた。

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