07
冗談はさておき、状況が芳しくないのは事実。
相手は、明らかに人魚の双子を狙っていた。おそらく、
人間と戦い、負けを認めた種族へは、一部を除き、権利を認められていない。そのため、正規に狩猟者として国から認められ、販売することが許された人間であれば、人間社会において登録されていない獣人や人魚を狩り、販売することが許されている。
しかし、その許可は難関であり、その手の繋がりを持っていない人間にはまず取れない。結果、横行しているのが、密猟と闇市場だ。
人魚は特に伝承も多く、表だろうが、闇だろうが、高額で取引されている。
密猟者からすれば、地上を歩く人魚など格好の獲物でしかない。
「死ぬまで追ってくるでしょうね」
あの様子では、コーラルは人間であることも、アークチスト家の生き残りであることも調べがついているのだろう。
不可侵契約を結んでいるアークチスト家を襲撃した人間が、2日と経たず捕まり、意識を保ったまま人間としての姿を捨て、ヘドロと混ぜられ、殺鼠剤にされたという話は、有名な話だ。
「でも、それってコーラルが生きてたからじゃねーの? コーラル死んだら、アークチストはいなくなるんだし、契約とかどうでもよくね?」
アレクの疑問は最もだ。あくまで、あの時はコーラルが生き残っていた。だから、契約に基づき報復が行われた。
「あの契約は私たちを通して、精霊としてるもの。だから、精霊を殺さない限りは、あの契約は続く。
精霊との契約破りなんて、末代どころか魂まで呪われる覚悟が必要だもの。それが、油断している相手の脇を刺すだけでいいなら、刺しておいて損はないでしょ」
だから、コーラルには手を出しにくく、先程も銃を向けながらも動揺した。
しかし、それを知りながらも、アークチストが保有する人魚を狩ろうとしている。それは、アークチスト家として恐れているわけではなく、あくまでコーラル本人、即ち精霊への恐怖。
そして、貴族ならペットが死んだところで、細事であろうという傲慢。
「随分と手慣れている様子ですが、あの方のお知り合いではないということで、間違いありませんか?」
先ほどから、迎撃しようと、奇襲をするも、警戒されてしまって、致命的な一撃は入れられずにいた。
明らかに密猟に慣れている様子だ。
「闇市場なんて腐るほどあるからね。まぁ、シトリンの知り合いではないでしょう。闇市を黙認はしてるけど、目に余れば即潰しているし。
アイツの知り合いなら、アークチストが正式に競り落とした人魚を密猟して、闇市で販売なんて、報復認定されかねない案件放っておかないでしょ」
正式な販売のほぼ全てを仕切っている、ヴェナーティオ家の権力をもってしても、全ての闇市場を把握することはできない。ましてや、密猟者の動向など把握できるはずもない。
「今、その黒幕の話いる? あいつら沈めればいいんでしょ?」
イライラし始めたのか、アレクの喉から言葉とは別の音が発されている。人魚の言葉は、未だに理解できないが、音からして苛立っていることだけはわかった。
「それができれば苦労はないんですが。屋敷へ逃げこめば、解決とはならないでしょう? そうでなければ、解決は簡単ですし」
「そうなの?」
「えぇ。薬もありますし、この場から逃げるだけなら簡単です。でも、できない理由があるのでしょう?」
見透かすような目でコーラルを見つめるクリソに、コーラルは目を逸らす。
「先程の報復の話からすれば、屋敷に籠り、そこに彼らが襲撃すれば、明らかな報復対象になるでしょう。その方が、僕らがやるより確実です。
まぁ、貴方が僕らだけでやりたかったというのであれば、一向に構いませんが。さて、どうでしょう?」
逃げる視線を誘うように手と声をやれば、いつもと変わらない、少し恥ずかしがりながらも意地っ張りな視線がこちらを向く。
「占いでこっちの方がいい結果が出たの。それに、お前たちがここに来たいって言ったんでしょ。ちょうど海辺だし、お前たちにとっても都合のいい場所だ」
叩かれた手。開き直った強い光を持つ目。
「……当たり前のように効果が無いと、いい加減ムカつきますね」
「主人に対して、隙あらば洗脳したり毒盛る奴の方がムカつくから安心しなさい」
「毒ではなく薬です」
「そーだ。コーラル、さっき取った薬返してよ」
「取られたんですか?」
「うん」
ふたりからの文句を無視しながら、海辺に向かう。雪深い森を進めば、鼻につく潮の香り。
先ほどまでアレクといたような岩場ではなく、崖だった。
ここから海に飛び込めば、森を迂回して、密猟者たちの背後を取れる。
「じゃあ、お前たちふたりで行ってきて」
「「……は?」」
予想外だったのか、ふたりが理解できないという顔で慌てだす。
「私は森の中で囮してるから、その間に後ろからあいつらを叩きなさい。人魚が地上歩いて、攻撃してくるなんて思ってないでしょ。あれだけ慣れて、堂々としてる連中だもの。キャンプ場の駐車場にでも、車は置いてるかもしれないわね」
「コーラルも一緒でいーじゃん!?」
「囮なんて、魔法で作っておけばいいでしょう?」
「さすがに冬の海は死ぬわよ」
箒も大杖も持っていない今、多少の浮遊はできても、飛ぶことはできない。
必然的に、海に入ることになるが、雪が積もる真冬に、海に入るだけでも凍えそうなのに、後のことを考えないで海中から出てみろ。人間なら簡単に凍え死ぬ。
「薬飲めば!?」
「お前たちと違って、変身が簡単にできるわけじゃないし。どうせ解除薬なんて作ってないだろ」
今度絶対に作ろうと、心に決めるふたりの尻目に、コーラルは小さな魔水晶を取り出す。
覗き込む水晶の中に、光が舞う。
「コーラル?」
突然、こちらを見たと思えば、腕を引かれ、バランスを崩すが、腕に倒れ込むコーラルを抱きとめる。
手に触れる温かい感触に、思考が冷えて凍える。
***
凍えるような冷たさ。
「早く戻れ!!」
片割れの声に、ようやく今が海にいることに気が付き、元の姿に戻る。
コーラルはアレクの腕の中にいて、海上へ赤い糸を引いていた。
岩場の影で、双子は人間になることも忘れ、コーラルに呼びかける。
「コーラル!」
血は止めた。
息もしている。
「ねぇ、コーラル」
なのに、体温だけが下がっていく。
「コーラル、コーラル」
抱きしめても、抱きしめても、人間よりも体温の低い
火属性の魔法で温める?
ダメだ。
最近扱えるようになったが、加減が効かない。コーラルを温めるどころか、焼いてしまう。
火の精霊に頼む。
無理だ。
元来、人魚は水の精霊に近い存在。火と水の険悪さといえば、折り紙付き。なにより、ここは氷の精霊がいる森で、火の精霊なんているはずがない。呼ぶにも、森の精霊たちに拒否される。
どうすれば、どうすれば――
「クリソ?」
不安気に見上げる人魚姿の片割れの姿。
人間とは違う鋭い爪と水かきのある手と尾びれ。
人魚の肉を食べれば、不老不死の体を得られる。
人間たちのくだらないお伽話。そのせいで、何百年の間、人魚が捕らえられた。
でも、お伽話でも、なんだっていい。
コーラルが助かるのなら。
赤い雫が、コーラルの口の中へ落ちていく。
「僕の血でも肉でも上げます。だから」
生きて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます