06
海面から垣間見えるヒレは、海中に潜む体の大きさを想像させる。
過去の人間が、その得体のしれない巨大な魚に、恐怖した理由もわからなくはない。
のびのびと気持ちよさそうに泳ぐ姿に、幻想を抱く人間を理解できないわけではない。
「ねぇーホントーに入らなくていいのぉ?」
岩場に腕をつき、小瓶をこちらに見せるアレク。
「やっぱり、それ霊薬なのね」
「うん!」
わかってはいたが、人魚の霊薬は、こうも簡単に作れるのだろうか。
材料と道具は、どうにかなるかもしれないが、技術的な問題はないのだろうか。
手に取った霊薬は、ポケットに入れておく。
「飲まないの!?」
「飲まないわよ」
頬を膨らませるアレクは、岩に上がると、その勢いのまま、コーラルへ覆いかぶさる。
「ちょっ、さすがに濡れたら寒い!」
「いーじゃん。別にそんなこと」
「そんなことって……はぁ……お前たちと違って、人はこんな寒い中で濡れたままいたら凍え死ぬんだ」
「泳ぐのって楽しいよ? コーラル、最近なんか暗い顔してるしさぁ。ダメ?」
アレクの手がポケットへ触れた時、銃声が響いた。
音はしたが、匂いはしない。近くではないらしい。
方向からして、森の方だろうか。
覆いかぶさるアレクが、明らかに警戒して音のした方向を睨んでいる。
「アレク。変身して」
雪の森で狩りというのも珍しいが、あくまでこの森はキャンプ場。一時期、イベントとして鷹狩りを行うことがあるらしいが、この時期には行わない。
つまり、今の銃声は良くて密猟者。
帽子を被って人間になったアレクは、変わらず森を睨んでいた。
「なんか、ヤな感じする」
「同感。クリソと合流するわよ」
頷いたアレクと共に、凍った森の中へ入る。
「なるほど。それででしたか」
案外簡単に見つかった精霊に話を聞けば、友人が遊びに来るため、かっこよく森を凍り付かせる姿を見せたいがために、バレない場所、つまり人のいる場所で練習をしていたらしい。
「その友人はいつ来られるのですか?」
「――」
約1週間後。
少しばかり森は凍るが、1週間我慢すれば、穏便に済むのではないだろうか。
「人間の建物があるでしょう? せめて、そこの近くを凍らせるのをやめていただけませんか?」
「――」
断られた。それでは、友人にバレてしまうかもしれないと。
「そうですね。バレてしまっては、確かに仕方ない。凍らせて溶かせるのを繰り返す……それでは、コーラルに負担がかかってしまいますね」
やはり、我慢してもらうのが一番か。
問題は、精霊の時間の感覚が、人とは違うことだ。1週間といっても、気分次第で、数年後になることだって、当たり前なのが精霊だ。
どうしたものかと、コーラルたちへ事情を伝えようと、海辺に向かおうとした時だ。
ふと感じた魔法と懐かしい香りに足を止める。
「……」
ここは精霊が闊歩する森の深部。
そんな場所へ火薬の香りを纏わせてくるなど、よほどのバカか、あるいは、
「狙いが僕か」
一層強くなる殺気に、駆け出せば、銃声が聞こえてきた。
人魚を狙っているなら、アレクの方にもいるかもしれない。
心配ではあるが、あちらにはコーラルもいるし、なによりいる場所が海だ。自分よりもずっと地の利がある。優先すべきは、自分の身の方。
「ぐっ……」
両足で立つようになってから、まだ1年程。
陸上を何十年と歩き回っている人とは、慣れが違う。
撃たれた腹部に回復魔法をかけながら、木の陰に隠れ、走る。
海へ。海へ。
「ぁ」
叩きつけられる顔面の痛み。そして、尾びれ感じる焼けるような痛み。
「―――――!!! ――――――!!!」
近づく人影がふたつ、蹲る。回復に当てていた魔力も全て声に回して、叫ぶ。
ひとりが顔を歪めながら、こちらに銃口を向けた。
銛なら間に合う。どうして、人間は銃なんて開発したんだ。
声じゃ、間に合わないじゃないか。
「!?」
不自然に銃口が下を向く。
驚いた人間は、そのまま後ろから蹴りつけられ、倒れ込む。その背中には、片割れの姿。
「ガァァァッッ!!」
首に巻かれた防寒具を乱暴に退けると、首筋に噛みつく。
「これは私の物よ。誰の許可を得て触れているの?」
遅れてきたコーラルは、倒れるクリソの前に立つと、苦い表情でこちらを見つめる人影を目に写す。
そして、次の瞬間には人影は全て消えた。
「……はぁ」
「コーラル……う゛っ……」
座り込んだコーラルを支えようとするも、足の激痛に呻くしかできない。
「大丈夫。ケガ人は大人しくしてなさい」
微笑むコーラルは、足の怪我を見ると、回復魔法をかける。
痛みは残るも、傷はすぐに塞がった。これなら、少し走っても問題なさそうだ。
「ひとまず、森の外には飛ばしたけど、場所はバレてるし、早く移動しましょう」
「わかりました」
うっすらと光を放っているコーラルの目を覗き込むように、精霊が漂う。
立ち上がろうとしていたコーラルも、その精霊を目で追いながら、腰を落とす。
「精霊……?」
「件の彼です。友人に森を凍らせる姿を見せたいそうですよ」
「え゛……あぁ、そう」
コーラルに興味があるらしく、周りを伺うように飛んでいる。
精霊にとっても、コーラルの眼は興味深いものなのだろう。
”
アークチスト家の後継者にのみ発現する、魔法でも、魔術でもない神秘のひとつ。事実を捻じ曲げる、因果干渉の魔眼。
襲撃してきた彼らも、転移魔法で飛ばしたのではなく、彼らが森に入ってきた事実を捻じ曲げ、元から森には入っていなかったことにされた。
コーラルが言うには、捻じ曲げた事実次第で、消費する魔力は変わるという。今回は人数も多かった分、魔力が多く消費されたのかもしれない。
「――」
精霊は、コーラルの目尻に近づくと、ひとつ口づけを落とした。
驚いたように目を見開くコーラルには、精霊の加護に似た魔力が纏っている。きっと、珍しい魔眼を楽しんだ精霊の戯れだ。
しかし、芳しくない状況で、魔力が減っていたコーラルにとって、気まぐれに精霊から渡された魔力は、とてもありがたいものだった。
「ありがとう」
柔らかく微笑むコーラルは、お返しと、精霊へ口付けを返す。
「あーー!!! コーラル! チューしたぁ!! 浮気ィ!!」
呆然と見つめてしまうクリソの代わりに、倒れた人の上で暴れるアレクは、頬を膨らませると、精霊を追い払う。
精霊はそんなアレクの様子を楽し気に笑うと、森の中へと消えていった。
「俺もしてもらったことないのに!! ズルいズルい!!」
「お前なぁ……」
地団駄を踏むアレクに、コーラルは大きくため息をつくと、立ち上がり、アレクの後頭部を掴むと、力任せに引き寄せ、額に口付ける。
「これで文句ないだろ」
「……ぅん」
先程までの騒がしさから一転。真っ赤な顔で静かになるアレクを、満足気に確認すると、混乱しているクリソの元へ寄り、手を差し出す。
「!?」
その手に、大きく肩を震わせたクリソに、コーラルは少し目を瞬かせると、口元へ手をやる。
「なに? お前もチューしてほしかった?」
口元は見えないが、その目は笑っていて、クリソは少し赤くなった頬を隠すように立ち上がり、顔を背けた。
「結構です。貴方のように、誰彼構わずではないので。人間とは違って、人魚は一途なんです」
「あら、セイレーンは海に引きずり込んだ水夫の種を奪うって聞くけど」
「僕はセイレーンじゃないので」
赤くなった耳を誤魔化すように、コーラルとアレクを睨むと、早く逃げようと、腕を掴んだ。
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