02
図書館の話し合いが許されたスペースのテーブルへ座ると、改めて何について調べるかという話題になる。
「そういえば、貴方はエンジュに頼めば、資料なんて簡単に用意できるでしょ」
ダイアはセレスタイン家の本家の屋敷に住んでいるのだ。A級の魔法薬の資料どころか実物だってあるだろう。わざわざ図書館に来て、真実と嘘を見分けながら調べる必要はない。
「そりゃまぁ、そうなんだが、なんでもエンジュさんに頼るわけにいかないだろ」
「使えるのなら使って損はないと思うけど」
「だったら、お前も同じだろ。俺たちと組むより、組まない方が絶対早いだろ」
「……そうね。貴方たちが、あまりにできなかったら、そうさせてもらうわ」
その言葉に、眉を潜めたが、いつものことかと一度心を落ち着けると、隣に座る女へ目をやった。
一緒に課題をやることになってから、明らかに挙動不審だった。正直、声を掛けたのを後悔するくらいに。
「あ、あの、あの! 私、ローズ・クォーツって言います!」
突然立ち上がり自己紹介を始めたローズに、アレクがそっとコーラルに身を寄せる。
同じクラスのため、顔を知らないわけではないが、少なくとも突然立ち上がって仲良くしようとするタイプではなかったと記憶している。事実、顔には混乱と焦りが見えていた。
こうなれば、問題は原因だ。
「クリソ・B・ライトと申します」
「知ってます!!」
「そうですか。ありがとうございます。では、自己紹介は必要ないですかね。飲食禁止でなければ、お茶をお持ちするのですが、申し訳ありません」
「いえ、そんな……!!」
「……少し落ち着けよ」
ダイアがつい口を挟めば、ローズはなおさら顔を赤くする。
「すみませんすみませんすいません!! でもだって! だって! だってだって!
私、人魚になりたくて魔術師になったんです!」
憧れなんです! と叫ぶローズの声は、防音魔法に阻まれ、部屋の外にまでは聞こえていないが、部屋の中にいたコーラルたちは目を丸くした。
人魚が好きという人は多い。だが、人魚になりたいは、そういない。
「昔から人魚が好きで、魔術師なら海洋調査には引っ張りだこだし、そしたら人魚にも会えるかなって思ってたら、学校にいるし。そんな話せるなんて思ってなかったですよ!? でも、でも、こんな、目の前に!!」
頬を上気させ、興奮気味に息を荒くするローズは、今にもクリソに飛びつき、全身を舐めまわしそうな勢いがあった。
さすがのクリソにも、その表情に少しばかり表情を強張らせていた。
「見た目は人間だけどね」
「メロウですか!?」
「……雑種よ。貴方、貴族生まれでもないのに、とても上手な社交辞令ね。自慢したがりが多いから、きっと喜ばれるわ」
微笑み返した言葉に、ダイアが少し喉を唸らせるが、ローズは不思議そうに首を傾げるばかり。
伝わっていないかと、コーラルも少しばかり呆れ、ため息をついた。
「とにかく、このふたりは私のものなの。勝手に触ることはないように」
「あ、従者なんでしたっけ。すみません。私、あまりそういうのに慣れてなくて……」
主従関係のある生徒は、このメティステラ学院ではよくある関係だ。一般の生まれであるローズには、いまいち馴染みが無く、正直たまに見かける貴族たちの会話は理解できていなかった。
正しい接し方というものはよくわからないが、お願いをするなら、きっと主側の人にお願いするのだろう。
ローズは双子に目をやりながらも、コーラルに顔を向ける。
「そ、それでえっと……ぜひ、お願いしたいことが!」
「何?」
「魔法薬の題材、に、”人魚の霊薬”に……」
「「は?」」
双子だけではない。コーラルとダイアも眉を潜めた。
”霊薬”
それは、精霊もしくはそれに準ずる存在の加護を受けた最上級の魔法薬のことだ。文句なしのSクラスの魔法薬であり、精製方法が不明どころか、効果すら詳細不明とされていることも多い。
人魚は、厳密には精霊ではなく、加護を与えることはできないため、霊薬には、人魚の肉体が使用される。
しかも、霊薬の中では珍しく、いくつかの効果が実際に証明されている霊薬のひとつであった。
「あぁ、確かに、人魚になりたいなら、知っててもおかしくはないか」
そのうちのひとつが、人魚になることができる霊薬だ。
しかし、その精製方法は、いくつもの仮説が出ているが、いまだ確立はされていない。成功例と同じ方法で作っても、骨格が歪み、肉が癒着して、灰がつぶれ、中途半端なエラ呼吸になったという例も存在する。
「この機会を逃したら、本物の人魚と話せる機会もなくなるかもしれないですし……!!」
「…………お前たちの意見を聞くわ」
この話は少しややこしい話になりかねない。
人魚である双子に目をやれば、ふたりはお互いに目を合わせる。
「ひとつ、確認させていただいても?」
「はい!」
「貴方が、僕たちと人魚の霊薬を調べたいと仰る理由は? 本物の霊薬の作り方を知りたいからですか? それとも、僕らの肉体を使いたいからですか?」
その質問に、ローズは言い淀む。
簡単に言葉にしてしまったが、考えてみれば、霊薬の精製方法は、魔術師が喉から手が出るほどに知りたい方法だ。学生のレポートレベルではない。それこそ、その方法知りたさに死人が出てもおかしくない。
あわよくば、霊薬を分けてもらえたりしないだろうかと考えたが、それこそ命が狙われる。
「…………」
青くなったローズの顔に、クリソは困ったように眉を下げて笑う。
「とはいえ、僕ら、作り方知らないのですが」
その言葉に、ローズとダイアが呆けた声を漏らす。
「そんなに意外ですか? 人間や獣人だからといって、自分の肉の解体方法も調理方法も知っているわけではないでしょう?」
「まぁ、王様とかなら知ってるかも知んねーけど」
頬杖をつき、コーラルを見つめる。
「コーラルが知りたいっていうなら、聞いてきてあげよっかぁ?」
「……知り合いなの?」
「ぜーんぜんっ」
笑顔で否定するアレクに、ダイアも半ばわかっていたことだと、特に何も言わずローズに目をやる。
この双子が、霊薬の作り方を知らないならば、たとえ、レポートを書いたとしても、それは本物ではない。
しかし、人魚が書いた人魚の霊薬レポートだ。真実ではないと、何人が信じてくれる。本物と祀り上げられ、検証が行われることだろう。それこそ、何年も、何百年も。
「……すみません。やっぱり、さっきの話は無しで」
賢明な答えだった。
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