03

 淡く水の色を宿したピアスを外し、ジュエリーケースにしまう。


「よくもまぁ、スラスラと嘘がつけるわね」


 硝子戸の向こうから、聞こえてくる主人の声に、困ったように笑うしかない。


「あの状況では、最善の手かと思いましたが」

「そうね。あまりのことで、笑いそうになったわ」


 そうだろう。

 人魚になる霊薬の作り方を、クリソとアレクは

 そして、作ることも可能だ。

 中途半端なものではなく、霊薬と呼ぶに相応しい、苦痛を伴わない、正真正銘の人魚の霊薬。

 効果の程は、コーラルが一番知っている。なんたって、それを、最初に口にしたのは、コーラル自身なのだから。


「久々に海で泳ぎたくないですか?」

「結構」


 即答だった。

 その速さに、つい笑いが漏れる。


「どうせ、私の下手な泳ぎを見て笑いたいだけでしょ」

「ふふふ。お上手でしたよ。手を引いて教えてからは、生まれたての稚魚より泳げていました」


 すぐに手を引かなくても泳げるようになって、それでもやはり生まれてからずっと人魚の双子に比べれば、ずっと遅かったが、ひとりで出歩ける程度には泳げるようになっていた。

 だから、あの日、尾びれにできた隙間から、コーラルはひとりで抜け出してしまった。


 陸には、怖いものも恐ろしいものもたくさんある。

 海にもないわけではないが、ここよりもずっと人魚ぼくらなら守れる。

 なのに、貴方は地上を、そらを目指してしまう。


「もし、貴方が望むのなら、僕たちは――」

「望まないわよ」


 浴室の硝子戸を開けたコーラルが、呆れたようにクリソを見上げた。

 その体には、いくつもの傷跡。


 アークチスト家が襲撃にあった日。コーラルは屋敷にいた。偶然にも、犯人に見逃されたわけではない。

 コーラル自身も、犯人に何度も刺された。即死になるような致命傷だけが無いだけ。

 あの後、ゾイスが、セレスタイン家が来なかったら、コーラルも生き残ることはできなかっただろう。


「タオル」


 コーラルに言葉に慌てて、用意していたタオルを羽織らせる。

 指先に触れたコーラルの肌が、少しだけ冷たくて、つい息がつまりそうになる。


「ぅ……」


 すると、突然、コーラルに両手で頬を強く挟まれる。


「今日は随分ナーバスね」

「……はい」


 じんわりと広がる人の温もり。


「今度からは、肩までちゃんと浸かってください」

「シェアトみたいなこと言わないで」


 小言を言われたような子供のように、めんどくさそうに表情を歪めるコーラルに、クリソも笑った。

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