09

「ばぁ!」


 草陰から出てきた顔のよく似たふたりに、ケープは小さく悲鳴を上げる。

 約束通り、シトリン、ダイア、ケープ、バーバリィ、エンジュの五人がいた。


「マジで来たんだねぇ」

「そういう約束だからね」


 学院の星祭は、無事終わった。

 それは、コーラルも気が付いているだろう。

 だから、この双子が峠前まで迎えに来ているのだ。


「時間はギリギリですね。急ぎましょう」


 峠には、人や動物が迷い込まないように、結界が張られているため、双子がいなければ、コーラルのいる峠には辿り着けないようになっている。


 少し歩けば、途端に開ける視界。

 星ひとつない漆黒の空とその空を写したような漆黒の地面。


「ストーップ。こっから先はダメ」


 アレクに止められたケープの足元には、漆黒の空。


「氷……?」


 よく見れば、それは氷のような何か。


「マナアンタークね」


 魔力を込めることで硬化する特殊な液体だ。扱いは難しくないが、広範囲になれば、固めるための魔力は膨大だろう。


「あぁ……だから」


 毎日少しずつ通って固めていたのか。


「みなさん。お静かに。星の導き手がいらっしゃいます」


 静まる空間に、光がひとつ降りてきて、コーラルの大杖へ光を灯す。

 それを皮切りに、空と地上に輝く無数の光。


 普段見るような星祭のような楽しげな音楽はない。光だけが織りなす演舞。

 しかし、肌に感じるのは、膨大な魔力。

 光が輝き、目の前を通れば、全身の毛が逆立つ。目を離すことも、声も発することはできなかった。


 パシャリと、水音が弾ける。

 気が付けば、先程までの幻想的で恐ろしい光の舞は消え、残るのは微かな光の残滓だけ。


「お疲れさまでした」

「お疲れさま。そっちも無事に終わったみたいね」

「え、えぇ。無事……無事、ね。うん。うん……」


 歯切れの悪いエンジュに、コーラルも首を傾げるも、まずは言い出した張本人ののシトリンへ目を向けた。


「ほら、ご要望通り、星祭を見せたっていうのに、感想のひとつもなし?」

「あぁ、ごめんよ。見惚れてしまった。言葉で言い表してはいけない美しさを見たよ。ありがとう」


 眉を下げて笑うシトリンに、コーラルは少しだけ眉を潜めると、ダイアたちに目をやり、学院での星祭について尋ねる。


「ひとつは本人が持ってたのね」


 あの後、教師に職員室へ連れていかれたので、おそらく今頃は自分がしていたことの恐ろしさを教え込まれていることだろう。


「それで、ダイアが投げたんだよ!」

「は? 願い石を?」

「じ、時間が無くて、仕方なく……」


 怒るだろうかと、視線を逸らす。


「別に爆発さえさえなければ大抵はいいわよ。むしろ、良く正確な場所に投げられたわね」


 獣人の目であれば、暗がりは問題なく見えるにしろ、暴れかけている願い石を正確に投げられたことが驚きだった。

 失敗すれば、やり直しはできないだろうに。

 それを、ダイアが大切にしているふたりが傍にいる状態で行ったことに、疑問は湧く。ダイアなら、ふたりを置いて、駆け出しそうなものだ。


「あー……なんつーか、ちょうどいいところにいてな」


 言いづらそうに頭を掻きながら告げるダイアに、コーラルは首を傾げれば、尚更言いづらそうに、ダイアはその人物の名を告げた。


「ハートリーの奴」

「ん゛ん゛っ!」


 笑いそうになったのか、咽たのかわからないが、とにかく口を抑えて震えるコーラルにダイアも恥ずかしそうに頬を染める。

 学院の星祭後も、エンジュに唖然とされ、シトリンには大笑いされた。


「やるぅ! ヘッドショット?」

「んなわけあるか! 腹だよ」

「確実に仕留めたというわけですね。それはそれは……とても見たかったです」


 器用に声を上げずに笑っているコーラルに、クリソが背中を擦るのを、ダイアは恥ずかし気に腕を組み、顔を逸らした。



「本当に送っていかなくていいのかい?」

「いーからとっとと帰れ!」

「心配されなくても、僕たちがついていますから」


 街に出れば、エンジュとシトリンには迎えが来ていた。

 特にエンジュは、バーバリィたちのこともある。今日は学院の寮ではなく、実家に帰るのだろう。


「今日は寮に帰るつもりはないから、必要ないわ」

「わかった」


 エンジン音が遠くに消えると、そっと肩に添えられる手。


「だいじょーぶ?」


 上から覗き込むアレクの顔に、素直に回された腕に寄り掛かる。


「……だいぶ疲れた」

「じゃあ、俺が運んであげる」

「さすがに、恥ずかしいからいらない」

「え゛」

「フフ。振られてしまいましたね」


 心底意外だというように呆然とするアレクに、コーラルは半ば呆れる。

 今すぐにでも、眠りたいほど疲れているのは事実だが、だからといって外で眠りたい人間が何人いるというのか。だいぶ、人間に近い習慣を学んだ人魚とはいえ、元々海に住んでいた人魚。根本的なところでズレることも多い。

 そっと差し出される手。


「では、エスコートはいかがですか?」


 しかし、このふたりから差し出される手にあるのは、確かに優しさだ。


「途中で眠ってしまったら、アレクが運んでくれますから、安心してください」


 いたずら心はあるが。

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