08

 星祭本番の日。

 ダイアは、表情を強張らせていた。手を繋いでいる獣人の少女のことでも、肩によじ登ってきた獣人の少年のことでもない。


「ふふ。大人気だね」


 ここまでふたりを案内してきたシトリンは、獣人三人を心底楽し気に見つめていた。

 さすがに、獣人三人が集まれば目立つが、シトリンがいることもあるのか、今のところ何かされることはなかった。


「エンジュが、星詠みの巫女するんだろ?」

「はい。今は準備中です」


 バーバリィは頭の上に顎を乗せながら、物珍しそうに辺りを見渡し、妹であるケープはといえば、楽しみだというように表情を緩めている。


「アイツらいないのか?」

「アイツら?」

「人魚!」

「あぁ、アイツらなら別の場所の星祭に。後で行くって話をした方の星祭の会場で待ってますよ」

「いないのかぁ……」


 残念そうにするバーバリィだが、突然肩から飛び降りると、ケープの傍へ寄る。

 その動きに、バーバリィの視線の先に目をやれば、そこにはこちらを見つめる生徒たち。その顔に見覚えがあった。バーバリィを誘拐した奴らだ。


「……」


 そっとケープと繋いだ手を放すが、小さく微笑んだシトリンに、彼らは明らかに動揺すると離れていった。


「さて、僕はそろそろ持ち場につくとするよ。君も、忘れないようにね」


 いつもと変わらない笑みだが、その目は笑ってはいなかった。

 それほどまでに、ヴェナーティオにとっても、この星祭を妨害されてはいけないということなのだろう。


「バーバリィ様、ケープ様。少しだけ耳を貸して頂いてもよろしいですか?」


 見上げるふたりと視線を合わせるように屈む。

 星祭のことは伝えたが、願い石のことは伝えていなかった。知らずに済むならそれが一番だ。だが、この状況で、彼らを守りながら、願い石を探すのは不可能。

 理解できないほど子供ではない。ダイアは、ふたりをしっかり見つめると、全てを話した。


 シトリンは着替えたエンジュの元にいた。


「わかってはいたけど、やっぱりダイアは動けないわね」


 バーバリィやケープに危険が及ぶ危険があるなら、ダイアは願い星の確認、確保は難しいだろう。


「そうとも限らないさ。それに、案外幼子というものは、楽しんでしまうかもしれないよ?」

「…………いいわ。ダイアたちのことは、貴方に任せます」


 笑みを作るシトリンに、エンジュは静かに目を伏せ頷いた。


「じゃあ、ダイアは本物の願い石を探さなきゃいけないんだな」

「でも、願い石、いっぱいあるよ」


 会場には、大量に飾り付けられた願い石を模したイルミネーション。

 木を隠すなら森の中。願い石を隠すなら、願い石の中。

 うっすらと光っている大量の願い石から、本物の願い石を見つけ、コーラルから渡された魔法陣に合わせて、魔法石を設置する。

 そして、エンジュがその願い石を励起し、空へ帰す。


 これをエンジュの舞が終わるまでの間に済まさなければいけない。


「見分け方ってないのか?」

「一応、エンジュさんの舞に合わせて光るって聞いてますが、それも暴発する前に正しい位置に持っていかないと……舞が始まったら、スピード勝負です」

「俺、足は速いぞ!」

「いや、さすがに」

「兄様より、ダイアの方が足速いよ」

「いやだから、バーバリィ様にそんな危険なことさせられないですから!!」


 やや不満気にこちらを見上げるバーバリィだが、そんな危険な行為、バーバリィにさせられない。

 見つけたら、あとはダイアがやるつもりだ。


 ひとつ。太鼓の音が響く。


 星祭が始まった。


 初めに気が付いたのは、教師だった。


(まずはひとつ)


 淡い光は、強く点滅し、外皮の岩を溶かし、輝く靄となり、舞に合わせ周囲を飛ぶ。

 その光に、数人の生徒が目を見開き、数人が目を輝かせた。


 シトリンが、激しく点滅を始めた願い石を捕まえた頃、また光は増えていた。


「あとひとつ」


 その言葉は、エンジュの心を代弁していた。

 徐々に抵抗の強くなる手足。しかし、離してはいけない。離しては、このエネルギーは周囲に飛び散る。


 好きに動き回りたい願いは、導を失えば、霧散する。

 本当に、今までよく何も起きずに星祭が続けられていたと、疑問に思えた。


(アークチストだから、さらっと事故は起きてそうだけど……)


 彼女たちの常套句だ。

 『星の道行が悪かったのでしょう』そういって、きれいに笑うのだろう。


 あの時だって。

 星が自分たちの滅びを示した。そう


 幼いエンジュは、それを冗談だと気にも留めなかった。

 しかし、アークチスト家は、事実滅びた。前当主の言う、星の導き通りに。


 何かできるわけではない。なにもできない。

 それでも、疑問に思うのだ。

 どうして、”助けて”と言えなかったのだろう。


「あ」


 ケープの視線の先には、人混みの中、激しく点滅している願い石を慌てて取り出している男子生徒。

 遠巻きに見つめる男子生徒の表情は、ひどく慌てていて、彼自身も今の状況に理解が追い付いていないのだろう。

 すぐにでも、彼から願い石を奪い、正しい位置に持っていかなければいけないが、彼との間には関係のない生徒たち。ダイアでは、駆け寄ることも難しい。


「バーバリィ様!?」


 小柄な体で、生徒たちの間をすり抜けながら、バーバリィはその生徒に近づくと、素早く願い星を奪い取る。


「獣人!?」


 一人が気が付けば、伝染するようにバーバリィから距離を取る生徒たちに、バーバリィは眉を潜めたが、すぐに駆け出し、ダイアの元へ戻る。


「これ、どこに持っていくんだ!?」


 押し付けられた願い石に、ダイアは喉まで出かかっていた言葉を飲み込み、その石を掴み、目的地へ目をやる。

 魔力に震え、温度も上がり始めている願い石。彼が慌てるのもよくわかる。

 本能が、危険だと叫び、今すぐにでも、手放したい。


「――」


 都合よく、その場所に人がいた。

 薄暗くなった中でも、獣人の目と鼻には、その人物が誰か、はっきりとわかった。

 獰猛に向いた牙で、ダイアは願い石をその人物に向かって放り投げた。

 

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