05

 見つけたらこれに入れるようにと渡された袋を持ち、学院を歩き回る。

 石なんて匂いが目立つわけでもない。音と目で探すしかない。


「もう少しで日が落ちますから、そうすれば獣人のダイアさんには、探しやすくなるのでは?」


 獣人は夜目が効く。

 明るい中で光る石を探すよりも、暗い中で光るものを探す方が簡単だ。


「海中だって明るくはないだろ」

「えぇ。ですから、目が退化してる種もいますよ」

「お前らもそうなのか?」

「いいえ」


 笑顔で否定するクリソに、つい眉が吊り上がるが、その様子を見たクリソがまた楽し気に笑うので、何も言わず視線を逸らした。


「怒らないで。一般的に水中と空気中では、見え方が違いますから」

「どうせ、人魚だから、目はいいとか言うんだろ」


 クリソの言いそうなことだ。

 予想通り、驚いたように目を丸くして、微笑まれた。


「えぇ。実は、他の人魚よりも目はいいんです。コーラルに見えるようにして頂いたので」


 コーラルに買われてから割とすぐのこと。

 見えていた世界は劇的に変わった。


「眼鏡、いや、コンタクトか?」

「魔法です」

「へぇ……そんな魔法があるんだな。獣人は、あんまり目が悪くなるってことがないから、そういう魔法には詳しくなくてな」


 使う魔術師が少なければ、すぐに廃れる魔法は、手軽な科学技術が開発されればすぐに忘れ去られる。そういう意味でも、古くから続く魔術師の家系というものは、知識と情報量において魔術師の中で一目置かれる理由になっている。


「とはいえ、毒キノコを食わせるのはどうかと思うが」

「……そこ気にしますか?」

「気にしないのか?」


 毒味の重要性を理解していないわけではない。しかし、仲間たちがそれで死ぬのを何度も見た。

 それを、毒とわかっていながら食べさせるコーラルに苛立たないわけがなかった。


「毒のある魚がどうして毒を持つか、知っていますか?」

「いや……」

「食べるんです。ほとんどの場合は」


 毒を食らって、体に貯め込むのだ。だから、水槽で無毒な餌を与えられていれば、毒があると言われる魚でも無毒な魚になることもある。


「僕たち、人魚はそれこそ、ほとんどの毒が効かないので、毒味役としてこれほど安全なこともないでしょう?」


 前にコーラルが言ったハイスペック人魚という言葉に、納得してしまった。


「ん。見つけた」


 建物の影、薄らぼんやりと光が揺らいだ。

 生き物の匂いはしない。


「もう一度確認しますが、魔法はなしです。爆発の危険があります。熱は持っていませんから、強く握って押さえつけてください。握りつぶすのもいけません」

「わかった」


 相手は石で、動き回っている。

 それを肉体だけで捕まえる。普通なら、ひとりで捕まえるのは困難のはずだが、ダイアは腰を落とし、腕を地面につけると、強く地面を蹴りつけた。


 それは、獣の狩りそのものだった。

 静かに抉られた地面は、その力強さを示し、その素早さと正確さは、たった一度の飛び掛かりで、獲物を仕留めた。


「これでいいか?」


 願い石を袋に詰めてきたダイアは、特別なことをした様子はなく、獣人にとって当たり前のことなのだろう。


 倉庫へ捕まえた願い石を持っていけば、呻く生徒がふたり。

 犯人は、


「あ、捕まえたんだぁ」


 目の前で、こちらに笑顔を向けていた。


「はい。本当にお上手でしたよ。明日からは、ひとりで探してもらって問題ないかと」

「へぇーユーシューじゃん」


 あとはこれをコーラルに落ち着かせてもらえばいいのだが、その当人がいない。

 暴れる袋をどうするかと、目をやれば、不思議そうな声を出すクリソ。


「おや……」

「どうしたのー?」


 クリソは呻くふたりを覗き込むように見下ろすと、困ったように眉を下げる。


ですね」


 ふたりは短く悲鳴を上げた。


「困りましたね。僕がアレクのように怖ければ、二度目なんてバカなことを考えさせなかったというのに……」

「大丈夫。クリソ、十分怖ェって」


 アレクの言葉を無視し、ふたりの前に屈む。


「しかし、東洋では仏の顔も三度といって、三度目までは許せという言葉もあるといいますから……仕方ありません。これも、コーラルのためです。ほら、口を開けて」


 ポケットから取り出した小瓶を開けると、ふたりの口へ流し込む。

 空になった小瓶をしまいながら、空を見上げる。


「お疲れ様」


 箒に乗って現れたコーラルに、アレクは目を輝かせると、


「おかえりぃ」

「飛びつくな」


 飛びつく前に注意が入った。

 しっかりと箒から降りて、地面へ足がつく直前に、横から飛びつかれる。同時に、絶叫が響く。


「クリソって、怖いよね?」

「なにしたの。お前」

「俺じゃねェーよ! アッチ!」

「巻き込まれたくないもの。アレクも目を逸らしときなさい」

「いやいやいや!? なにしたんだ!?」


 ダイアだけが慌てて、絶叫しているふたりを心配する。叫び、蠢いているのに、一向に動く気配もなければ、妙に体の形が歪んできている。


「仏って死んだ人間のことでしょう? 僕は死んでもいなければ、人間でもないですから」

「そういうことじゃなくて!」

「心配しなくても、骨を柔らかくしただけです。死にはしませんし、次に見かけた方が保健室に連れ行けば、すぐに治ります」


 悪びれた様子もないクリソに、ダイアはそのふたりを抱えあげると、保健室へ向かった。

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