04

 隣で顔を覆っているエンジュと、淡々と食事を続けるコーラルと双子。


 つい数分前のこと。

 学院の星祭の代役が、エンジュに決まったことを告げた。


「そんなに信じたくないなら、自分で占ってみなさい」

「……」


 少し沈み込んだエンジュが、なんとなくわかっていたことだけは、想像がついた。

 アークチストの代役の指名。それは、拒否権があるものではない。


「ちょっと嫌がらせ込めてるでしょぉぉ……」

「失礼ね。これに関しては、私の意思は介在してないわよ。

 まぁ、結果を見て、ちょうどいいとは思ったけど」


 言い方があるだろうとは思う。


「ケープちゃんも来るのに……」


 どうやら、本当にシトリンが許可を取ったらしい。

 エンジュにとっては、儀式的意味がほとんどない演舞など、恥ずかしいことこの上のない。


「スゲェ、楽しみにしてました」

「だよね! だと思ってたよぉ!!」


 半ばやけになりながら、リゾットを口に運ぶエンジュに、つい苦笑が漏れてしまう。


「それから、クリソから話は聞いたけど、あっちも別に構わないわ」

「! 本当か!?」

「わざわざ嘘は言わないわよ。ただ準備は手伝ってもらうけど」

「ん? 何の話?」


 首をかしげるエンジュに、コーラルが行う星祭をケープが見学できることとそのために、星祭の準備を手伝うことを伝えれば、柔らかく微笑んだ。


「そう。ケープちゃんもバーバラくんも、きっと喜ぶわね」

「なんか増えてね?」

「予想通りでしょ」


 アレクの疑問に、淡々と返しながら、きのこを差し出せば、何も言わず口の中に入れた。


「うえぇ……まっずぅ」

「不思議ね。毒キノコって、おいしいって聞くけど」

「は!?」


 先ほどから時々行われている、餌付けのような行為は、気になりこそしたが、言及していなかった。だが、さすがに、毒キノコは聞き捨てならない。

 今の言葉を聞く限り、コーラルが渡していた食べ物全て、毒という可能性がある。


「心配いらないわよ。事故で混入したわけじゃないから」

「そういうことじゃねぇよ!!」

「この時期はやっぱり多いのね」

「エンジュさんまで、そんな当たり前みたいに……」


 ここは学校のはずだ。どうして、こうも日常的に命を狙われているのか。


「学校って閉鎖的だから、もし成功したところで、すぐに犯人はわかるし、学校側も責任が怖いから、常に監視してるし、言うほどひどくないわよ」

「…………ある意味、獣人おれたちよりひどいんじゃ」


 ここに通っている獣人は、それこそ後ろ盾が何かしらあるか、もしくは文字通り貴族たちの所有物だ。

 外で暮らす獣人たちに比べれば、嫌がらせこそあるが、命の危機に見舞われることは少ない。


「そうでもないわよ? ねぇ?」

「貴方と一緒にしないで」


 セレスタイン家の長女であるエンジュは、学院内で必ず誰かを傍に控えさせてはいない。

 だが、それは、という意味だ。


 それを困ったように天使のような笑顔で、首をかしげるのだ。


「――」


 ふと感じた威嚇の気配に、発生源に目をやれば、双子たちだった。

 表情こそ取り繕ったように、いつも通りなのに、その気配と匂いはひどく尖っている。

 しかし、その威嚇先はダイアでもエンジュでもない。

 なにかと、周囲の匂いに集中すれば、答えのような匂いがひとつ。


「ハロー!」


 視覚としては、突然入ってきたシトリン。


「素晴らしい! ゾクゾクするよ。ここが、食堂でなければ、ぜひ一勝負したいところだ」

「本当に迷惑だからやめてね」


 ため息をつくエンジュだが、シトリンの腕が何かを抑えているように力が込められている様子に首をかしげる。

 それは光の灯った願い石だった。

 しかも、ひどく暴れている。シトリンが握っていなければ、どこかに飛び出しそうな程の勢い。


「先程、君の親代わりが来てね。願い石を届けに来たのだけど、その場に手癖の悪い生徒がいたんだ」


 願いというのは、大きなエネルギーを持つ。

 願い石は、そのエネルギーを吸収する特性を持った石であり、正しく願いが詰まった願い石は、大きなエネルギーを貯めこむ。

 そして、そのエネルギーを使い、空の魔力の流れを制御することが、アークチスト家の行う本来の星祭の目的なのだが、エネルギーそのものを使うだけなら、魔力さえあれば、誰でも使える。


「ひとつは捕まえたけど、ひどく暴れてしまっていてね」

「それで、手癖の悪いやつは?」


 コーラルが両手をすくい上げるように、願い石に添えれば、光は淡く収まり、動きも止まった。


「ブラヴァー! やはり、素晴らしいよ。君の魔法は」


 アレクに渡された願い石は、先ほどまでとは違い、暴れる様子は一切ない。


「職員室へ行ってもらったよ。しかし、あと3つ、逃げられてしまってね」

「3つね……ちょうど手伝いもいるし、なんとかなるでしょ。もし、何か起きたら、職員室の説教を長くしてもらいましょう」


 ダイアに目を向けるコーラルに、シトリンは驚いたように目を見開き、心底嬉しそうに笑みを深めた。


「あぁ……!! 青バラの君! 君はなんて美しいんだ!! 僕の言葉では足りないよ!!」

「でしたら、口を閉じたらいかがです?」

「あはっ! いいねぇ。なら、俺が塞いであげるよ」

「ここ食堂だからね!? 喧嘩はダメよ!? コーラルさんも止めて!?」

「喧嘩なら外でしなさい。あと、ついでに石と自殺志願者見つけたら、職員室送りにしておいて」

「止めろよ!?」


 この主人、止める気が全くない。


 どうにか、三人の喧嘩を止め、昨日の手伝いの話を続ける。

 昨日聞かされた、願い石の捕獲というのは、今回のように人為的に暴走してしまった願い石を捕まえてこいというものらしい。


「くれぐれも取り扱いは慎重に。野良犬に食われたのなら、犬が爆発四散もしくは頭が分かれた上に、翼が生える程度は起きます」


 この三人と関わるようになってから絶句というものを何度味わったことか。


「だからぁ、願い石と捕獲と保護が大変なの」

「9割9分悪意を持った人ですから。サーチ&デストロイ見つけ次第、声をかけてください」

 今回は学園内ですし、興味本位や大魔法を使いたい生徒が来られることも多いですから」

「願い石の制御ってマジでムズイから、盗人じゃ軽く暴発させるオチになっからさぁ。遠慮しなくていいよぉ」


 どこか物騒な響きが聞こえたが、気のせいと思おう。

 盗ませる気はないが、先程のように暴発させて暴れられては、確かに困る。


「あ、さっきみたいに暴れるのは、中途半端に励起したからよ? 普通なら暴発というか爆発」

「爆発」


 どっかーん。と、困ったように笑うエンジュに、一拍遅れて頬が引きつった。


「も、もし、あの倉庫の石全部爆発したら……」

「学院の瓦ひとつ残らないわね」

「なんでそんな危険なもん……」

「空のレイラインの調整する魔力源なんだから、それくらい普通でしょ」

「そうじゃなくて! もっとちゃんとした倉庫とか警備とか!」


 結界は張っているのだろうが、常に誰かが警備できるわけでもなければ、今回のような事件も起きる可能性があるのだ。

 どうして、そんな平然としていられるのか。


「私しかいないんだから仕方ないでしょ。それに、言ったでしょ。学院内は案外安全なのよ」


 アークチスト家がまだ繁栄していた時は、分散して保管していたが、今は願い石のチェックと準備のほとんどをコーラルが行っているため、分散できなくなっていた。


「とにかく、3つの石の捜索お願いね」


 そういうと、コーラルはちらりとエンジュを見た。

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