06

 コーラルは、それを見ながら頭を悩ませていた。


「可能性として、4つだろうね」


 名簿を渡してきた男は、学院外で願い石を管理している、コーラルの後見人であるゾイス・S・スタイン。


「4つ……今まで、命を狙ってくるようなことはあったけど、こんな興味本位なんてなかったのに」

「若さ故かね」


 疲れた顔でため息をつくコーラルは、一息つくと、


「自殺志願者を守る必要なくない?」


 わりと本気でそう言ったが、ゾイスは淡々と否定した。


「そうもいかないだろう。学院での星祭は、セレスタイン家のご令嬢が星詠みの巫女をやるんだ。

 一般の魔術師ならいざ知らず、神秘持ちの魔術家系の令嬢では、干渉は避けられない。

 学長も、君がそう言うと思って、星祭の日を合わせてたのだろうけどね。星詠みの巫女の代役が、セレスタイン家のご令嬢になることは予測できていたことだろうし」

「……アイツ、本当に食えないな」

「年季が違うよ」


 星祭での干渉。空に流れる魔力の流れ、レイラインの調整をそれで失敗するなど、言語道断。

 防ぐには、学院の星祭を中止もしくは星詠みの巫女の変更。これはどちらも難しいだろう。すでに、決定され、発表されていることもあるし、伝統行事を軽々とやめられるものでもない。

 次は、こちらから学院の星祭も調整を加える。一番現実的な方法。


***


「――というわけ」

「さらっと言わないでほしいかな!?」


 星詠みの巫女であるエンジュに、事を伝えれば、予想通り慌てていた。


「つまり……星祭を失敗させたい生徒が、本物の願い石を使って、学院の星祭中に願い石を暴発させるから、それを私が止めるってことよね?」

「失敗すれば、獣人のお姫様ごと、バーンよ」


 言いたいことはたくさんあるが、一旦それを飲み込む。

 事の大きさを分かっている生徒がやっているわけではないだろう。説得できるとは思えない。

 話を聞かない、理解できない相手に、まともに言葉で相手はできない。できることは、上から力で押さえつけることだけ。


「それで、干渉が起きる」


 力があり、日時が近ければ、本物の星祭に影響が出る。

 だからこそ、学園の本来意味のない星祭に、意味を持たせることで安定させる。

 理解はできる。自分も同じ状況であれば、同じ判断を下す。


「……こんなに気が重い星祭、初めてよ」

「じゃあ、私は準備があるから」


 学院の星祭の下準備まで増えてしまったのだ。時間が無いと、立ち上がるコーラルを慌てて呼び止める。


「少しは心配とかはないの? 私の失敗が、貴方の儀式の失敗に繋がりかねないのよ」

「まさか。セレスタインの次期当主が失敗すると思ってないわよ」


 なんでもないように答えたコーラルに、エンジュはつい言葉を失ってしまう。

 その様子に、コーラルは小さく自嘲的に笑うと、言い換えた。


「星の道行が儀式の失敗を示してはいません」


 そのきれいな笑みに、エンジュは小さく笑った。


 願い石のことは、すぐにダイアたちにも伝えられた。

 星祭の会場にも、毎日のようにエンジュとコーラルは足を運び、儀式の調整を行っていた。


「出かけるのか?」


 倉庫近くで見かけたコーラルは、箒に跨り、出かけるところのようだ。

 傍らに立つクリソは、箒を持っておらず、出かけるのはコーラルだけのようだ。


「ひとりでか? 珍しいな」

「儀式の場所が少し遠いから、箒で行かないとロクに時間も取れないのよ。この双子、箒だけは苦手だから」


 魔法の実技でも、そのハイスペックさを遺憾なく発揮する人魚の双子が、苦手とするもの。それが、飛行術だった。

 魔法の中でも、花形のひとつでもある飛行術。それをあの双子は苦手であった。


「コーラルだって、泳ぐのは苦手でしょう? お互い様ですよ」

「はいはい。人魚様に比べたら、泳ぐのは苦手よ」


 考えてみれば、双子は本来尾びれで海に暮らしている存在で、地上で当たり前のように暮らしている方が異常なのだ。


「また石が暴れたら、エンジュに任せればいいから。お前たちは、あの件――」

「承知しております」

「じゃあ、私は行くから」


 見た目は優しい飛び方だが、瞬く間に小さくなるコーラルの姿。

 飛行術が苦手ではない生徒でも、あのスピードについていけと言われたら、何人がついていけるか。

 少なくとも、ダイアはついていけないだろう。


「どうしました?」

「あ、いや……アイツが真面目に箒に乗ってるの見たことなかったと思ってな」


 当たり前のように乗りこなすため、早々に評価を終えて、この双子の飛行術を見ているため、授業で箒に跨っているのはあまり見たことがなかった。


「あぁ……そういえば、属性的にも得意だとか……僕らはコーラル以外をあまり見ないので、わかりませんが」

「とりあえず、相当得意の類だと思うぞ。学園でもトップクラスだ。たぶん」


 学園で最も成績のいい生徒の飛行術を見たことあるが、そのレベルのように見えた。


「そうですか」


 少し驚いた後、心底嬉しそうに表情を緩めたクリソに、ダイアもやや毒気を抜かれたように頭を掻いた。

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