02

 ある日の放課後。


「困りましたね……どなたか心優しい方が手伝ってくれないでしょうか」


 ダンボールを前に、わざとらしくこちらを見て、微笑むクリソがいた。


「ありがとうございます。ダイアさんは、優しい方ですね」

「テメェ、バカにしてるだろ」


 ため息ひとつで、ダイアはその段ボールを運ぶのを手伝っていた。

 あんなあからさまな態度に、なにか企んでいるのかと思ったが、ダンボールを持ち上げて、すぐに察しがついた。単純にすごく重い。

 正直に言えば、この見た目に反した重さの中身は気になる。


「願い石ですよ」


 教えてくれるとは思っていなかった分、あっさりと答えるクリソに、ダイアも少し動揺してしまった。

 しかし、昨日の話を思い出せば、誰でも思い至ることかと、気を取り直す。


「星祭のか。結構、来るんだな。没落したって聞いてたから、少し意外だが……」

「確かに、アークチスト家の生き残りは、コーラルひとりですから、家としての価値はほぼないでしょうね」


 次期当主であった長女が生きているならば、当代において魔術については変わりない。

 段ボールに詰まった願い石は、アークチスト家の魔術への信頼の意味でもあった。


「それに、こういったことをしないと、ペットの餌代すら、持ち合わせがありませんから」

「元貴族だったんだろ?」


 遺産も莫大にありそうなものだが。


「金遣いが荒いんですよ」


 強盗に襲われて金や金に変わりそうなものを全て盗まれたとしても、屋敷にあるものが全てではないだろう。

 それこそ、銀行にだって預けているものもあるだろう。

 それを全て使い切るようなことは――


「……」


 ダイアの眉が吊り上がる。


 前に言っていたことだ。

 この人魚の双子は、ヴェナーティオの店ののだと。

 変身能力を持った、幻獣種人魚の混合種でハイブリットのツインズ。

 好きではない考えではあるが、価値にしたら、相当なものだろう。

 それこそ、貴族の遺産を食い尽くす程度はするかもしれない。


「ところで、コーラルに何か聞きたいことがあったのでは?」


 ふと問いかけられた言葉。


「以前からわかりやすい方とは思っていましたが、先日からコーラルのことをよく見ていらしたので」


 表情こそ柔和に微笑んでいるが、その目は細まり、こちらの真意を探っているよう。

 コーラルだけではない。ダイア自身も、人柄以前に問題に巻き込まれる要因を抱えている。以前に比べて、会話も増えてきたとはいえ、主人に降りかかりかねない火の粉は払う必要がある。


「教えていただけますか?」


 誘うような声色に、言葉が溢れそうになる。

 自然と開いていた口を慌てて閉じ、首を振り、クリソを睨みつける。


「堂々と魔法使うんじゃねェ」

「さすがですね」


 謝る気の全くない言葉に、ダイアも呆れたようにため息をつくしかなかった。


「それで、用はなんでしょう?」


 しかも、悪びれず、本題を聞き始めるクリソに、ダイアは喉の奥で唸る。


 物置として借りている倉庫に段ボールを置く。

 肌に感じる魔力に、ダイアも積み上げられた段ボールに目をやる。


「全部、願い石か?」

「えぇ。ここで確認と保管をしているんです」


 願い石の中にコーラルを狙った物が混ざっていないか、ここで確認していた。

 寮の部屋から離れたこの倉庫であれば、もし何かあったとしても、コーラルに被害は及ばない。


「それで、ケープ様、でしたか」


 ダイアが要件は、ケープを星祭に連れてきたいというものだった。

 シトリンが許されるなら、ケープも許されないかということらしい。


「星祭が好きなんだ。見れるなら、見せてやりたい」

「まぁ、コーラルもすでに許可していますし、断るとは思いませんが……確認します。

 代わりと言っては何ですが、少々お願いしても?」


 そう何度も、クリソのお願いを聞きたくはないが、これはケープのためでもある。

 納得していない表情のまま、クリソに先を促す。


「身構えないで。簡単なことです。星祭の準備の手伝いをして頂きたいのです」


 見たいというなら、準備を手伝えという理屈は理解できなくはない。断る理由もないのだが、


「準備って何をするんだ?」


 クリソたち相手に、何も聞かずに頷くわけにはいかなかった。


「願い石の保護と捕獲です」

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