星祭編
01
ふと目に入った張り紙。
「星祭……」
それは、毎年行われている星祭の開催についての張り紙だった。
この時期になると、毎年、街も星祭用に飾り付けられ、願いや一年の感謝を込めた願い石と呼ばれるものを、星詠みの巫女に捧げてる儀式が行われる。
儀式自体、すでにエンターテイメントのようなもので、本物の願い石を使わないことも多い。
「おや、興味があるのかい?」
「オワッ!?」
突然背後から現れたのは、ダイアの天敵ともいえる男。
「ヴェナーティオ!?」
「驚かせてすまない。なに、取って食うなんて真似はしないよ。安心してほしい」
シトリンに対して、今までヴェナーティオに向けていた憎しみは、すっかり薄れてしまっているが、得体のしれない男という意味では、いまだに警戒は解けない。
「全く信用できないのがシトリンっぽいっていうか……うーん……悪い人じゃないのよ。色々と厄介ではあるけど……」
シトリンに困り顔を向けているのは、ダイアやケープを引き取り、獣人たちの後ろ盾でもあるセレスタイン家の長女であるエンジュ。
「はい。一応……わかってはいます」
「星祭に興味があるのかい?」
「興味っていうか、ケープ様が好きなので」
ダイアも、街やテレビで儀式を見たことがある。
その独特な幻想的な儀式に心惹かれるものも多いが、ケープもそのひとりだった。
「それならぜひ、我が校の星祭に参加しないかい? 話は通しておくよ」
「え、ちょっと!? それはさすがに」
エンジュが慌てて止めるが、シトリンは不思議そうな顔。
「どうしてだい? 今年の星祭は特別だよ。参加しなければ勿体ない!」
「いや、まだ許可も取ってないし、だとしてもさすがに承諾しかねるわよ!」
獣人の王族の生き残りを、当たり前の顔をして学校行事に参加させようとする辺り、やはり理解できる気はしなかった。
「ん? 特別? 何かあるんですか?」
先程シトリンが言った”特別”という言葉。
特に張り紙に特別変わったことは書かれていた気はしないが。
「なんだだって、今年はアークチスト家がいるんだよ。それはもう、特別な星祭になるに決まっているさ!」
いまいちピンとこないシトリンに、エンジュがこっそりと、アークチストは占星術の先駆者のような魔術師の家系であることを教えてくれる。
「星祭も元々はアークチスト家がやっていた儀式なのよ」
本家がいるのだから、主役である星詠みの巫女は、本家にやってもらおうという話らしい。
「でも、そのアークチスト家から許可をもらってないし、委員会の許可ももらってないのよ」
「ちゃんと許可貰ってからがいいですよ」
シトリンもだが、コーラルも素直に頷くタイプではない。
「だからこそ、今から聞きに行くのさ! 一緒に来るかい?」
嫌な予感しかしない交渉に、恩人であるエンジュだけを向かわせるのは、ダイアにはできなかった。
「断る」
一刀両断だった。
部屋に招き入れられ、席に着いた直後のことだった。
呆れたような表情で、メティステラ学院で行われる星祭の巫女を断られる。
「おや、話が終わってしまったのなら、お茶は必要ありませんか?」
出口はこちらです。と、扉へ誘導しようとするクリソを無視し、シトリンは残念そうな表情で、立つ気配はない。
「オーララ……どうしてだい? 星祭は、本来アークチスト家が行っているものだ。確かに、学園で行われる模造の儀式ではあるが、ここは魔術師の学校だ。模造であっても偽物じゃない。
なにより! 君が行えば、魔術は模造ではなくなる」
「どの口がその言葉を口にするの?」
呆れるのを通り越して、心底嫌そうな表情でシトリンに睨むような視線を向けるコーラルの前に置かれた、甘い香りの漂うコーヒー。
「はーい。ミルクと砂糖たっぷりのカフェオレでーす」
間に入るように置かれたコーヒーに、コーラルは小さく息をつくと、一口つけた。
「”本物”と言わなかったところは、評価するわ」
「『あくまで星祭の主役であり、欠かすことのできない存在は”願い”』だろ? なら、学園で集まる願いは、空虚なものが多い。
星祭と真に称するなら、ちゃんとした願いが無ければならないからね」
それだけ分かった上で、メティステラ学院の星詠みの巫女を任せようとしているシトリンに、エンジュは困ったように頬に手を当てるしかなかった。
「しかし、あくまで星祭と称するものだからね。占星術に長けた生徒が星詠みの巫女に選出されるのだよ。
僕は、君以上に占星術に長けて、星詠みの巫女に相応しい魔術師は知らない。
なにより、コーラル、君が舞う姿を見たいんだ」
「ミルク足しますか?」
「お願い」
この交渉、終わる気がしない。
色の薄くなったカフェオレをソーサーに戻すと、コーラルはもう一度、呆れたように言う。
「もう一度言うけど、お断り」
「オーララ、どうして――」
「話を戻したところで答えは変わらない!!
むしろ、貴方、この交渉が失敗するって分かった上で押しかけるってどういうこと?」
心底疲れたようにシトリンに問いかけるが、表情を変えず首をかしげるシトリンに、代わりに謝ったのはエンジュだった。
「ごめんなさいね。どうしても、一度は頼みたいっていうから……」
「……貴方、セレスタイン家でしょ。気づかなかったの?」
「え?」
「貴方も願い石、依頼してるわよね?」
確かに、毎年屋敷では、星祭の願い石に渡され、ケープと共に願いを込めていた。その願い石は、娯楽ではない本物の魔術儀式の方へ送られると聞いていたが、どうやらアークチスト家に頼まれていたらしい。
ダイアはいまいち、コーラルの言いたいことはわからなかったが、エンジュは、コーラルの言った本当の意味を察したのか、数回瞬きをすると、ゴキブリを見つけてしまったような表情をシトリンに向ける。
「どういうことだ?」
ひとり事情が理解できないダイアが聞けば、クリソが笑いながら答えた。
「学院が行う
「それ絶対無理じゃねェか……」
むしろ、どうして大丈夫だと思ったのか。
しかし、ここで大人しく引き下がるのならば、変人、変態の異名を受けてはいないのだろう。
いや、むしろ、ここには来ていない。
「学院の方は夕方には終わるし、本来の星祭は夜だろう? 僕らもフォローするから、時間的問題はないはずだよ」
「体力的問題が大有りよ」
「体力作りなら付き合うよ」
「ひとりでやって」
「ひとりよりふたり、ふたりより四人さ!」
「勝手に入れないでくんない?」
「同感です。必要であれば、三人でやりますので貴方はお呼びではありません」
元々ヴェナーティオの店で売られていたことを考えれば、双子がシトリンに向ける視線に敵意が強く込められている理由もできるが、シトリンは嬉しそうに頬を緩めてばかり。
そもそも、現状、シトリンに味方はいない。
「これ以上、無駄な会話をするなら、ヴェナーティオ家からの願い石は返却させてもらいます」
「! それは困る。闇を行くのに、星の輝きは無くてはならない導だからね」
商人の家系というのもあるのだろうが、ゲン担ぎは重要だ。これをきっかけに、契約や取引を打ち切られては、個人的な問題に収まらなくなる。
「うーん……それなら、せめて、君が巫女を選んでくれないかい?」
「……まぁ、それなら。学院としても体裁もあるでしょうし」
生き残りがたった一人とはいえ、本家本元のアークチスト家がいるにも関わらず、別の生徒に巫女をやらせたなど、批判を浴びかねない。
事実、アークチスト家に願い石を依頼している魔術師は多い。
それなら、アークチスト家は、本来の星祭を行うため欠席し、代役としてアークチスト家が認めた人間が、学院の星祭の巫女を務めるの方が批判は浴びないで済む。
「それから、許されるなら、君が行う星祭を鑑賞したい。許してくれるかい?」
「見たいっていうのは本当ってわけ?」
「シィ! 美しいものを近くで見たい欲望というものはあるからね」
「あら、変人かと思っていたけど、変態の間違いだったかしら?」
悪びれる様子などあるはずもなかった。
コーラルは大きくため息をつくと、許可をするのだった。
「いいのですか?」
「まぁ、シトリンだし。それに、覗き見られるくらいなら、お前たちが見張れる場所の方がいいでしょ」
「そうですね」
「なんだか、ごめんなさいね」
シトリン以外が同じような表情をしていた。
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