09

 試験も終わったある穏やかな日のこと。


「お前はヴェナーティオと仲がいいのか?」

「仲がいいっていうのは、語弊があるわね。

 アークチスト家は中立。だから、どこにでも手を貸すし、その分、どこかから攻撃されたら、その他全ての勢力から、その攻撃をしてきた勢力へ攻撃をしてもらう契約を結んでるのよ」


 ヴェナーティオ家は、商人でもあるため、アークチストの魔術とは相性が良かった。そのため、関りが多いことは事実ではある。


「それって、下手すればどこからも敵視されるってことじゃ……」

「そうね」


 結果、数年前にアークチスト家は襲撃され、コーラルを残して全員死亡した。


「大丈夫なのか? お前」


 どんな理由でコーラルたちが狙われたかは知らないが、常に悪意や敵意に晒される危険も恐怖も知っている。

 もしアークチスト家を滅ぼすことが目的なら、こうして堂々とメティステラ学院に通っていることが危険だ。


「心配ありがとう。襲撃犯に関しては、すぐに捕まったから安心して。

 今はほら」


 そう言って、コーラルが指すのは、コーラルのことを没落貴族とバカにしてきた生徒が、双子に締め上げられている様子。

 やはり、見ていて楽しいものではないが、こうでもしなければ生き残れないのだろう。

 それに、見方を変えれば、あの双子は、コーラルのことを大切にしているということだ。人魚と魔術師という、本来いがみ合っている種族だというのに。


「昔からの知り合いだったのか?」

「なに? 誰かに探れとでも言われた?」

「ただの興味だ。他種族に対しても、手を取ろうとしてくれる人間がいることは知っているが、魔術師のほとんどは違うだろ」

「実験動物。良くて、愛玩動物ね」


 まだ何も知らない幼い時代に知り合ったのだろうか。

 そうでなくては、この魔法社会で三人のような友人のような関係にはなれない。


「それこそ、シトリンの店で売り出されてた、あいつらを買ったのよ」

「は?」


 意外過ぎる答えに、つい聞き返してしまう。


「ハイブリット人魚のツインズ。オークションの目玉商品」

「ハァ!?」


 ダイアが驚いている間に、汚れを拭きながら、双子もやってくる。


「おや、懐かしい話をしていますね」

「あんときは楽しかったよねぇ。コーラル、かっこよかったし」

「必死だったのよ。私より強い何かを手に入れないと、命に関わるし。

 それで、一番いいって出た日に、シトリンの店に行ったら、人魚の中でもハイブリット種のツインズがいるっていうから。しかも、人間に変身できるやつらよ。手に入れる以外ないでしょ」


 まるで大好きなおもちゃを見つけて、金額に糸目をつけず手に取ってしまう子供のような衝動で、目の前の彼女は、人魚を手に入れてしまったらしい。


「……て、テメェも大概だな!!」


 コーラルならば理解できるかもと思った自分がバカだった。


 水音の弾ける音、浴槽の縁からこちらを誘うように除く足。


「ね~ぇ~一緒に入らねぇーの?」


 小首を傾げ、妖艶な笑みを浮かべ、誘われれば応えたくなるような抗い難い甘く誘う声。


「入れるスペースを作ってから言いなさい」


 人魚の能力を全開にした文句を一刀両断したのは、浴槽からはみ出している人魚の主人。


「小さいのが悪いんだって。足を伸ばせるくらいがステータスなんでしょー? 俺、ほとんど出ちゃってんだけど」


 アレクの言う通り、尾びれのほとんどが出て、床についている。

 そもそも人間用の、しかも貴族用とはいえ、あくまで寮の一室の部屋に備え付けられている浴室だ。


「大きいの作って良くね?」

「4年しかいない場所に、そこまでの価値はない。それに、お前たちと違って、私は水風呂じゃなくて温かい風呂に入るんだから、電力も魔力も勿体ないでしょ」

「んーこういうの、甲斐性なしっていうんだっけ?」

「……」


 ケラケラと笑うアレクに、コーラルは目を微かに細める。


「――アッツッッ!!!」


 驚いて尾びれを跳ねされるアレクだが、バランスが悪かったのか、うまく起き上がれず、浴槽の中に滑り戻る。

 アレクもクリソも、人魚であることに加え、人魚の中でも屈強な類のため、お湯に入れないわけではないが、人間と比べれば熱には弱い。

 しかも、ほとんど水が入っていない浴槽だ。すぐに水の温度は上げられる。


「ッふざけんなッ!!」


 勢いのまま大量の熱めのお湯をかけられたコーラルは、お湯の滴る前髪を上げながら、ため息をつく。


「お前が売られる先々でひどい目に合う理由はよくわかるわ。

 見た目だけはいいんだから、かわいく鳴いてれば、それはもうかわいがられるんじゃないの?」

「噛めば死ぬ雑魚の癖に、調子乗ってんじゃねーぞ」

「あぁ、そう。主人の首を噛もうとする従者は必要ないから、売るとするわ」


 ポケットから携帯を取り出しながら、浴室のドアを開ける。

 電話はすぐに繋がり、お気楽な声が聞こえてくる。


「人魚を一匹売りたいんだけど、二本足で歩けるから、1時間もあれば回収しに来れるわね」

『フフ……もちろんだとも。だけど、泣き顔の人魚では商品価値が下がってしまうよ。ぜひ、笑顔の人魚を引き取りたいものだね』

「なら、笑い薬でも飲ませればいいわ。貴方のところにあるでしょ。人魚にも効く笑い薬」

『その笑顔は案外安物でね。それを使うなら、僕が間男になって、身も心もボロボロの方が値を上げやすいよ』

「じゃあ、それ――」


 手からすり抜けた携帯を追いかければ、クリソが耳に当てている。


「失礼致しました。主人の愚痴を聞いてくださり、ありがとうございました。

 ――えぇ、はい。失礼します」


 電話を切ると、呆れた目で見下ろす。


「行動力があり過ぎです……見てください。僕の片割れが大泣きしてます」

「ヤダヤダ!! コーラルと離れたくない! 一緒にいる! クリソも!!」

「駄々っ子顔負けですよ?」

「……どうせ、アイツが私からお前たちを買う気なんてないわよ」


 本気で売ろうとしたところで、シトリンは何かと理由をつけた買わないだろう。彼にとって、今の三人が理想だと叫ぶのだから。


「いらないと思ったら、処分するしかないんだから」

「でしたら、安心ですね」


 それを聞くと、クリソは恐ろしく柔らかい笑みを浮かべた。


「ぜひ、その時は、我々の肉を食べてください。不老不死は手に入らずとも、緩やかになることは事実ですから」

「あ、でも、傷跡が治るわけじゃないから、治してからがいーよ」


 鼻をすすりながらアレクに、コーラルもため息をつきながら、参考にすると答えた。


「というか、元々はお前が悪いんだから」

「コーラルだって、お湯に変えたじゃん」

「ふたりともいい加減にしないと、茶色いシチューが夕飯になりますよ」

「火を止めてから来なさい!!」

「バカクリソ!!」

「はいはい。アレクは早く掃除を終えてください。もう食事の前に風呂に入れてしまった方が良さそうですからね」


 コーラルにも外に出ないように言うと、台所へ戻っていた。

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