06

 試験会場のほとんどは森だが、今回の試験会場は、弧を描いた海岸沿いの会場で、海岸から少し離れた場所に小島があり、その小島がゴールとなっている。

 時期さえ揃えば、潮が引き、小島への道が現れるのだが、今回は時期が悪いため、ほとんどの生徒が一ヶ所にかけられた橋を目指すことになる。


「考えてみれば、今回は妨害するならもってこいね」

「毎回妨害があんのか」

「個人的な恨みと家同士のいがみ合い……それにほら、この総合実技試験は妨害が醍醐味みたいなものだから」

「……時々、みんなのためとはいえ、この学校に入ったことを後悔しそうになる」


 本当に嫌そうな表情をするダイアに、コーラルは楽し気に微笑む。


「まぁ、妨害がエスカレートし過ぎて問題になるから、毎回教員と上級生が監視してるんだけど」

「この体たらくか」


 仮にも、獣人の王族の誘拐だ。

 外部に漏れれば問題になりかねない。


「世間的に、王族は滅んでいるもの。あくまで誘拐されたのは、数いる獣人のひとり。

 仮に王族の生き残りがいたなんて、ハートリーは口が裂けても言わないでしょうね。自らの作戦の致命的な失敗を意味するもの」


 だからこそ、全てを闇に葬るいい機会なのだ。これは。

 獣人の未来の期待を背負ったダイアを、メティステラ学院の成績不振の退学者としてレッテルを押し、獣人はその程度だと見せしめ、後ろ盾になっている魔術師全員を貶める。

 そして、自らが逃がした王族の生き残りをいなかったことにできる、いい機会。


「今回の件、ハートリーだけじゃなくて、ヴェナーティオも関わってる可能性はないか?」


 コーラルもアレクも、同一人物の笑顔が浮かび、言葉が詰まった。


「本当に、ヴェナーティオが逃がしてたとしても、自分たちの汚点であることは違いないだろ。気が変わったってことも……」

「あ、う、うん。その点に関しては、安心して。

 古くからの付き合いとして保証する。あいつらは、獣人の王族に生き残りがいたなんてバレた日には、


『あぁ……! マーベラスッ!! なんて素晴らしいんだ! それでこそ、百獣の王たる獅子!』


 って、いけしゃあしゃあと称え始めるから」

「やめて。頭ん中でアイツがうぜェから」


 普段以上に低い声と開いた瞳孔で見下ろすアレクに、


「いやね。ここは、ムカつくくらい似たモノマネですね。っていうところよ」

「ムカついて、そいつぶん殴りたくなる」

「なんで俺なんだよ!?」

「コーラル殴れねェじゃん!」

「お、おぅ……」


 本当に、この三人の関係は関わるほどによくわからなくなるダイアだった。


 鼻についた人間の匂いに、コーラルへ目をやれば、足を止めた。


「4人だ。それから、バーバリィ様の匂いもする」


 やはり、過去の栄光と同じように、見せしめにしようとしているのだろう。

 コーラルは呆れたように肩を竦めて見せれば、ダイアは一度深呼吸をして心を落ち着かせる。


「覚悟はいい?」

「おぅ」


 指定された場所。橋の掛けられた崖とは反対の、切り立った崖の上。

 例え、バーバリィの救出ができたとしても、迂回して戻っては、間に合わない場所。


「意外に文字は読めるみたいだな」


 蔑んだ視線を向ける男の腕の中には、小さな獣人の子供がいた。


「バーバリィ様!」

「――!! ――!!」


 猿轡をつけられたバーバリィは、全身の力を込めて噛み千切ろうとするが、男はその姿に嗤うだけ。


「言う通り、俺はここに来た! テメェらは、俺を落第させたいんだろ。だったら、もうバーバリィ様は関係ねェ! 放せ!」

「なにを吠えてるんだ? ちゃんと、人間の言葉を放せよ。動物」


 奥歯がきしむ音がする。この男たちと対等に話せるとは思っていなかった。だが、会話をするつもりすらないらしい。


「呆れた。てっきり、そこのバーバリィって子の首でも置かれてるかと思ったのに」

「お前は……アークチスト?」

「よかった。人間の言葉は理解できるみたいね」


 他の学年も混合の行事であれば、ダイアの後ろ盾などの手を貸す生徒もいたかもしれないが、同学年にはいないことを確認していたため、一緒に落第覚悟でやってくる生徒がいたことも驚きだが、それが、アークチスト家当主であるなら尚更驚きだった。


「ハートリーは、やっぱりいないか。ま、自分の成績を傷つけることもないでしょうし、どうせチーム参加としての取引もできているんでしょうね」

「お、落ちこぼれ同士で仲良しってわけかよ?」

「声が上擦っているわよ。バーバリィの命を奪わなかっただけでも、小心者だとは思っていたけれど……」

「だ、黙れ!! こいつは、テメェらの目の前で殺すために生かしてただけだ!!」


 逆上した男は、バーバリィの襟を掴み上げる。

 事態を収拾するどころか悪化させているコーラルに、ダイアも静かに目をやるが、コーラルもアレクも気にした様子はない。


「そうね。ハートリーなら、そのくらいやるでしょうね」

「……っ」

「…………は?」


 動揺した男に動揺したのはコーラルも同じだった。


「嘘でしょ? ハートリーに生かしておけとでも言われたの? マジで……?」


 つい、先程までの余裕そうな仮面が剥がれ落ちる。

 それだけ、ハートリーがバーバリィの殺害命令を出していないことが意外だった。


 そして、口元へ手をやり、一度冷静に考えると、まさかと呆れた視線を男へ向けた。


「シトリンが怖くて手が出せないの?」


 男は何も答えなかった。


 呆れた。

 つい溢しそうになった言葉。


 確かに、シトリンは、ヴェナーティオの長男。つまり、次期当主であり、コーラルたちと同級生であるハートリーは五男。ついでにいえば、シトリンと同級生であるハートリーは四男だ。

 同じ家であれば、明確な違いだが、あくまで別の家。

 怒りを買うことを気に掛けるのは、正直二の次だろう。


「ば、バカにするな!! ヴェナーティオがなんだ!?

 これは、動物たちへの躾だ! 猛獣使いの鞭だ!」

「海へ投げろ」

「!」


 男たちのひとりが言った。

 この崖の高さ程度であれば、獣人はケガこそしても、死ぬことはない。

 下が水で無ければ。


 バーバリィは、ライオンの獣人。水は苦手で、泳ぐことはできない。

 つまり、海に落とされれば、溺れ死ぬ。

 しかし、海で溺れ死ぬのは、不運な事故だったと、そう言い張れる。


「やめろ!」

「あぁ! 俺たちをバカにした罰だ!」


 ダイアが飛び掛かるが、本当に少し、指先を掠め、バーバリィは崖の下へ消えていった。


「バーバリィ様……」


 膝も手もつき、俯く。


「――ッテメェらッ!! 許さねェッ!!」


 唸り声をあげ、牙を剥き出し、毛は逆立ち、ただでさえ大きな体格の獣人が一回り大きくなる。

 その姿に男たちは小さく悲鳴を上げ、後退る。


「ぅあ゛!?」


 ダイアから最も遠くにいた男が、海に落ちていく。

 振り返れば、足を蹴り上げた姿勢のアレク。


「人間って度胸試しで飛込むんでしょ?

 チキンって言われてかわいそうだしさぁ、俺、手伝ってあげるねぇ」


 ずれた帽子を直しながら、獰猛な笑みを浮かべるアレクに、後退りした足が震える。

 前にも後ろにも下がれない状況に、ひとりが足をもつれさせ、尻もちをついた。


 その様子に、コーラルも息をつきながら、ふと自身の大杖に目をやれば、慌てたように目を見開く。


「アレク……!!」

「ぇ……な――」


 コーラルの切羽詰まった声に、アレクもすぐに振り返るが、その声は巨大な咆哮によってかき消された。

 鼓膜を破るよりも、直接的な衝撃波のそれは、足元の崖にヒビを入れ、大地が割れる嫌な感触を足に伝わらせた。

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