04
試験当日。
1年は全員転移ポータル前に集まっていた。
「全員注目! これから、お前たちを試験会場へ転送する。ついたその瞬間から試験開始だ。
事前に配布した地図のゴールに辿り着けば試験合格だ。
試験会場には、天然、人為的な罠全て存在している。まぁ、学校側も監視はしている。危険と判断すれば、介入するが、基本的には介入は行わない。
落第覚悟でギブアップする場合は、赤色の狼煙を上げろ。教員が拾ってやる」
何度聞いても雑な試験だ。
試験会場も演習場として作った箱庭ではなく、本物の演習場。いくら世界的な魔法学校でも土地が有り余っているわけではない。
渡された地図で、どこの演習場かすぐにわかる。
結果、行われるのは、事前の妨害工作。先程の人為的な罠というのは、そういうことだ。
「では、健闘を祈る」
教師の言葉と共に、ポータルが光始め、光に包まれた後、森の中についた。
「……」
ダイアはポケットから手紙を取り出すと、握りつぶした。
「いるんだろ。隠れてないで出てこい」
そういえば、草むらから出てきた迷彩服の男たち。
「はっ! 転移場所も特定済みってか。やることが薄っぺらいんだよ」
男たちを全員倒せば、また新たな匂いが近づいてくる。
こちらへ向かって真っすぐ。
覚えのある匂いに、ダイアも構えずにそちらに目をやるだけ。
「驚いた。転移場所で出待ちなんて、そうされることじゃないわよ。
なにか悪いことをした覚えでもあるかしら?」
「生憎ねェよ。テメェら人間こそ、覚えがあるだろ」
コーラルたちを見るなり、腕を組み睨みつける。
「初対面ではなくても、貴方との会話は初めてのはずよ。
人間社会と対等になりたいのなら、社会的な顔くらい覚えたら?」
軽く片足を引き、礼をすれば、ダイアは少しだけ動揺したように目を開き、組んでいた腕を解いた。
そして、胸に拳を当てる。
獣人の敬礼だ。
「さすがは、神輿に担がれた獣人の鏡」
「おい。バカにしてんのか。テメェ」
礼を返したというのに、次に口を開けば、褒めているとは思えない言葉。
「まさか。貴方が誠実な人間だからこそ、人間は獣人と手を取れると勘違いできるのでしょう」
早くもこの女に敬礼をしてしまったことを後悔するが、視線が行くのは後ろの顔のよく似た双子。
質のいい服に異臭も、傷もない。
自分を見る目は敵意に満ちているが、それだけ。絶望も失望も、憎悪もない。
「って、何してんだ!?」
いつの間にか、遠慮なしに自分のポケットを探っていたコーラルに慌てて身を引けば、その手には先程握りつぶした手紙。
「!! そいつを返せ!!」
叫び、手紙を取り返そうと踏み込めば、間に入った双子に腕を弾かれ、体を抑えられる。
「獣とは違う、言葉を用いる獣人なのでしょう。まずは手じゃなくて口を動かしてほしいものね」
「人のポケット弄ったテメェがいうな!」
「……意外にまともなこと言うわね」
「俺もアレはどうかと思う」
「初対面ですし」
意外に味方はいないらしい。
コーラルはひとつため息をつくと、何も言わず広げようとしていた手紙をダイアに見せるように持ち直す。
「私は、私の事情で貴方に手を貸すつもり。
この手紙は、貴方に手を貸す上で必要不可欠の物だから、内容を聞かせてくれるかしら?」
「……は?」
意外過ぎる言葉に、ダイアは呆けた声を漏らした。
先ほどまでの胡散臭い笑顔ではなく、めんどくさそうな表情で見下ろすコーラルに、ダイアは尚更混乱していた。
「待て。待ってくれ……! お前は、その……愛好家、なのか?」
「その方が話が早いならそれでいいわよ」
「違うんだな」
舌の根も乾かぬ頃に、社会的な顔と言っていたのはどの舌か。
脱力したダイアに、コーラルも腰に手を当てる。
「なら、愛好家の知り合いがいて、そいつに頼まれたの。
『ダイア・プロテアに手を貸してくれ』って」
頭に数人の顔が過るが、核心には至らない。
コーラルのことは、噂程度しか知らないが、今でこそ没落したと言われているが、かつては魔法社会で知らない魔術師はいないと言われるアークチスト家。
そんな名家の若き当主に頼みごとができる知り合いは、思いつかない。
「なにより、貴方がそこのふたりに興味があるって聞いたのよ」
「!」
「おおよそ、同類としての興味でしょう。気にかけていただく必要などないと言っているのに……」
「コーラル話聞かねーし」
「わからないでしょ。神輿にあげる代わり、不老不死を願われているのかもしれないじゃない」
「それ、チビでも知ってる嘘なんだけど」
アレクが下らないとため息をつけば、クリソが笑う。
「しかし、僕らを心配してくれるとは、コーラルは優しい方ですね」
「当たり前でしょ。お前たちは、私を守る盾。盾を手入れしない怠惰者は、ただ野垂れ死ぬだけよ」
当たり前のように答えたコーラルに、アレクもクリソも嬉しそうに目を細める。眉をひそめたのは、ダイアだけ。
「お前は、そいつらが盾として使えないと思ったならそいつらを切り捨てるのか」
「もちろん」
「――ッだったら、テメェの提案は断る!」
怒りのこもった視線に、コーラルは驚き、口元に手をやる。
その口元は隠しきれない弧を描いていた。
「思っていた以上に”人”ね」
獣なら、非情だとしても群れや種族が生き残るために、一匹を見捨てることなど日常だ。
だというのに、この獣人は、見捨てないという。
「なら、気高い獣人よ。
このままいけば、貴方は歴史通りに同じ轍を踏むことになる。
よく考えなさい。貴方は、人間の魔術師を相手取っているのよ」
獣人の長所を短所へ変えた張本人に。
「貴方の為すべきことは何?」
見上げる女の目は、今まで見てきた非情な人間たちではなく、夢見る仲間たちとも違う。
しかし、確かに強い意思を持った目。
「今、”獣人”に価値はない。だから、貴方は”魔術師”として価値を作るのでしょう。
なら、魔術師として、利用できるものは利用しなさい」
握りしめた拳が震える。
そして、拳を解いた。
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