02
「Mr.ライト」
凛と響く声の主は、従者を連れた女子生徒。
「少し話があるのだけど、いいかしら」
クリソがコーラルへ目を向ければ、その女はクリソからコーラルへ目をやる。
同じ生徒ではあるが、クリソとアレクはコーラルの従者。貴族であるなら特に、本人への確認の前に、主人であるコーラルへ確認することが多い。
「貴方がいても構わないわよ。Ms.アークチスト。
むしろ、貴方がいた方が話が早いかしら?」
「じゃあ、早く話してもらえる?」
冷たいコーラルの言葉に、女は少し眉を顰めるもののすぐに表情を取り繕う微笑む。
「では、単刀直入に言うわ。Mr.ライト。うちに来ない?」
「お断りします」
「ヤダ」
即答だった。
これには、コーラルも女と似たような表情で目を丸くしていた。
「早くと言ったのは、コーラルでは?」
いたずらをした後のように笑うクリソは、薄っぺらい愛想笑いを女に向ける。
「文字通り、お屋敷への招待であっても、知らない人について行ってはいけないと言われていまして。お断りさせていただきます」
二回目の断りの言葉に、女は動揺しながらも、クリソへ向き直る。
「貴方たち兄弟の才能は人類、果ては世界にとって有用なものよ。
一従者として終わらせるには勿体ないほどなの。
しかも、未来のないアークチスト家なんて……!」
興奮してきたのか、先程までの冷静さは徐々に失われ、女の表情からは必死さが伝わってくる。
「止める?」
アレクの気遣いに、頭を撫でれば、嬉しそうに頬を緩める。
「よく考えて。
私は、貴方たちを従者として迎い入れるわけじゃなく、養子として受け入れるつもりよ」
それは、血筋や家柄などの生まれ持った本人には、どうしようもないことを、彼女の家が請け負うということだ。
才能があっても一般人の魔術師なら、すぐにでも飛びつきたくなる条件。
「なにより、貴方たちが仕える主は、貴方たちより才能も実力も劣――」
「それは、主への冒涜でしょうか」
言葉こそ質問だったが、拒否を許さない圧に、女も従者も言葉を詰まらせた。
「我が主は、家名への冒涜に対しては寛大です。ですから、我々から否定することは致しません。
しかし、コーラル・J・アークチスト個人への冒涜は許しません。僕、個人として」
表情こそ微笑んでいるが、クリソは杖を取り出すと、女の顎へやり、目を逸らすことができないように持ち上げる。
「なにより、これほど容易く急所を晒す、貴方の方が実力があると?」
その笑みは、今にも首元に噛みつきそうな獰猛な笑みだった。
きっとまたクリソの腹黒エピソードに新しいエピソードが加えられるのだろう。
何であれ素直で率直なアレクも手がかかるが、表面上は物腰柔らかく穏やかに見せて、常に首元を狙っているクリソは、手がかからないのに、手がかかる。
「先程の方はお知合いですか?」
「直接はないわ。ただ、最近、外部から魔術師の素養のある人間を招き入れて功績を残している家がある話は聞いたことがあるから、大方そのひとりでしょ」
魔術師としては、外部から人を招き入れるのは珍しい。
そんな不確定要素の多い人を懐へ招き入れるなど、正直自殺行為にも近いものだ。
「まぁ、お前たちがまともな魔術師だと思ってる時点で、実力は知れてるわ」
クリソもその言葉に目を細める。
「それより……
いい加減、撫でるのやめていただいても? 片割れがダメになりそうなので」
先ほど、アレクの頭を撫でてから、なんとなく顎の下に手をやり、猫を撫でるように顎の下を撫でていた。
これまた猫のように気持ちよさそうに喉を鳴らし始めそうなアレクに、コーラルは楽し気に笑みをこぼすと、アレクに目をやり、撫で続ける。
「上機嫌なのはわかりましたから」
半ば強制的に止めるように、アレクに帽子を被せる。
「アレク。気持ち良くなり過ぎて、元の姿に戻っても担ぎませんよ」
「えぇー……ケチィ」
帽子が邪魔だからか、撫でる手を止めれば、クリソも安心したように自分の帽子を被った。
「ほら、帰りますよ」
中々動こうとしないふたりに、クリソは手を打ち、促せば、ゆるゆるとアレクも立ち上がり、帽子を被りなおした。
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