人魚は地上で星を見る
廿楽 亜久
総合魔法実技試験編
01
あぁ、今日もいい天気。
「ごめ゛、ん゛な゛――ざ……!」
雲一つない青空で。
「お゛ね゛が、だず、け゛、で」
あぁ、いい天気。
「アー、チスト……!」
「あ゛?」
「おやおや、助けを求める相手を間違っていますね」
あぁ……本当に、
「いい加減にして」
振り返れば、胸ぐらを掴まれ、顔の部品という部品が歪んでいる男とそれを歪ませた張本人たち。
「ほら、お前が騒ぐから、コーラル怒ったじゃん」
「お前らだよ!」
「えー……」
「申し訳ありません。この方がカナリアであれば良かったのですが……」
「ぐべぎょっ」
妙な音と共にぐったりとした男を、適当な木陰に投げ捨てると、顔のよく似たふたりの内、子供のように無邪気な笑顔をする方のアレクは、コーラルへ飛びつこうと駆け寄り、その襟を掴まれる。
「アレク。その手で触っては、コーラルの服が汚れます」
「うげ……じゃあ、手洗ってくるから、ちゃんと待っててよ?」
「ヤダ」
即答するコーラルに、アレクは反射的に威嚇するように口を開けてるが、隣で穏やかに微笑むクリソは困ったように眉を下げると、杖を持ち上げる。
「では、仕方ありません。ここで、洗うしかないですね」
杖をクルクルと回せば、水滴が杖を追いかけるように回り始める。
このまま、無視をすれば、クリソは宣言通り、ここで魔法を使い、水を出すだろう。
それこそ、ふたりの服がずぶ濡れになるくらいに。
「わかった! わかったから、とっとと手を洗ってきなさい!」
「かしこまりました」「はぁい」
小走りに水道へ向かうふたりを見送ってから、静かにため息をついた。
***
メティステラ魔法学院。
魔法の才能溢れた若者たちが通う、世界有数の魔法学校。
「――って聞いてたんだけど」
フォークを食いちぎりそうなアレクをたしなめながら、ホットサンドを口に運ぶ。
「お前たちから見れば、大抵の人間が低能でしょ」
「そーじゃなくてぇ」
口を開いたと思えば、解放したフォークを机に突き立てる。
フォークを突き刺した先に現れた透明化の魔法が掛けられていたネズミは、そのまま持ち上げられ、アレクの口へ連れ込まれる。
「ここに通ってんのは、人間の中でも、才能も金も権力もある、人間の中でもまともな部類って聞いたんだけど。嘘じゃん」
「その3つに、まともな要素があまり感じられないのが素晴らしいですね」
「そもそもお前たちの”まとも”の定義を確認したいところだけど」
新しく唐揚げへフォークを刺すアレクへ目をやれば、へらりと笑い、唐揚げを差し出される。
「なぁに? 食べたい? いーよぉ」
「いらない。一応使い魔なんだから、腹の中で産卵される可能性を考えてほしいものだけど」
「うげぇ……食欲無くなるんだけど」
「だったら、気安く食べない」
「はぁい」
唐揚げを口に入れたアレクに、視線を外せば、向かいに座るクリソが口元を隠しながら微笑んでいた。
「……兄弟揃って拾い食いが趣味か」
「失礼致しました。つい」
反省の色が全く見えない謝罪に、少しばかり頭痛がした。
「魔法が施されていないことは確認しましたよ」
「ならいいか」
この学校で嫌がらせは珍しくない。
むしろ、本当に命を狙われている生徒だっているのだし、生徒同士のただの嫌がらせ目的の行為なんてかわいいものだ。
本当に『ドブネズミが入ってくる飯を食ってるなんて、さすがは没落貴族』なんて罵りたいだけの輩なんてかわいいものだ。
実際、目の前で当たり前のように、生きたまま飲み込まれては作戦負けもいいところだ。
「入学してから、コーラルに手を出してくる方々には漏れなくお礼をさせていただいているのですが、フジツボのような方々ですね。
ここが学び舎か、心配になってしまいます」
「ゼロにはならないことだし、割と減ってはいる気がするけど」
入学当初に比べれば、嫌がらせをしてくる人間は確実に減った。
それもこれも、全てこのふたりのおかげではある。もし、自分が誰かに石を投げろと言われるなら、少なくともどれだけ弱みがあろうと、このふたりが脇を固める人間には石は投げない。
「まぁ、度胸はあるんでしょ」
「コーラルはお優しいですね」
「はいはい。そうですよ。優しいんです」
最後の切れ端を口の中に放り込む。
名門というだけあり、メティステラ学院に、従者を連れた生徒は少なくない。
より安全な手段を選ぶなら、同性の同学年に入学するのが良いのだろう。
いくら特例があるとはいえ、学生とそれ以外では行動に制限が掛かってしまう。
「――であり、獣人との戦争において、最大の失敗と言われる事件となった。
同時に、人類に獣人との決定的な違いを思い知ることとなった事件だが、その違いは?」
教壇に立つ教師が、ちょうど午後の眠くなる時間。睡魔に負けた生徒を当てる。
「こうして歴史を聞いていると、人間は方々に喧嘩を売るのが好きだということがわかりますね」
「生物には珍しい、楽しみで生物を傷つける生物だからね」
「肥大した脳故、と言ったところですか」
こちらをチラリと確認する教師に、クリソが隣で眠るアレクを起こす。
「アレク・S・ライト。この戦いにおける、もうひとつ重要の獣人の能力は?」
予想通り、当てられたアレクは、もちろん眉を顰め、頭をかくが、何か思いついたように答える。
「鼻」
「……その通り。兄弟だからといって、居眠りしたものを甘やかすのは良くないぞ」
人間には聞こえない音で、アレクへ答えを教えたクリソにも注意し、教師は授業を続ける。
「夜間における獣人の脅威は恐ろしいものだった。
彼らは暗闇を見通す目を持ち、光がなくとも暗闇を嗅ぎ分ける鼻も持っていた。
獣人の肉体的な能力において、我々人間は劣る。しかし、我々は策を弄せる。弱点があるというならば、克服すればいい。夜を無くせばいい」
人間が行った作戦は簡単なものだ。
夜、奇襲を仕掛けようとする獣人に向けて、強い光を放った。
夜目の利かない人間には好機、目の潰れた獣人にとっては最悪の事態だった。
「長所は同時に短所にもなりえる。それは、平和なこの時代においても変わらない。夢忘れない様に」
人間の本質は変わらない。
だからこそ、言うのだ。歴史から学べと。
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