3『世界最強は嫌な奴』

「無視かよ。なに考えてんだか」


 そっちがその気なら世界最強のお手並みをご拝見してやろうと、護も整備されていない山奥より足場の悪いビルへ潜り込む。

 強く踏み込めば崩れる床を護は慎重に進むが、氷花は慣れた動きでサクサクと先に行ってしまう。

 負けてたまるかと対抗意識を燃やすのはいいが、まるで平面を歩いているかのような氷花には追いつけない。

 遂には、氷花の背中を見失う。


「くっそッ」


 慎重さはそのままに速度を上げ、頭上にも気を付けながら急いで追いかける。

 何度か足場を崩したが、持ち前の身体能力でカバーすれば問題はなかった。ようやく氷花の足を視界に映せたかと思ったそのとき、


「――変身完了。これより第8地区に出現した大型ベータの討伐を開始します」


 氷花の服装は浴衣から切り替わっており、戦場では場違いな漆黒と藍色のゴスロリ衣装を纏っていた。


「なっ……一人で変身しやがった」


 屋敷での宣言通り、護の力を借りずに変身した氷花は、割れた窓ガラスから外へ飛び出す。


「……そういうことか」


 気配を消して遠くのビルに潜伏し、ベータの五感をかいくぐった上での変身。それには相当な身体能力が必要とされる。屋根に飛び乗れるだけの脚力があればそれも容易いだろう。


「これが、世界最強か」


 護は素直に感嘆を漏らす。

 目の前で有言実行され、氷花に付き従う『世界最強』の称号を認めざるを得ない。

 護もビルの外壁を伝って地上に降り、人間が踏み込めないレスノアと魔法少女の戦闘を、危険の及ばないビルとビルの隙間から観戦する。


 氷花はビルからビルへと飛び移り、上空を舞いながらレスノアの八本の脚を凍らせて封じていく。

 負けじとレスノアも巨体を震わせ、氷を砕いて脚を解き放つ。そのまま空を駆ける氷花へ八本の脚が襲いかかる。

 が、氷花は絶対零度の冷気を浴びせ、大型レスノアを物言わぬ氷像と化す。次の瞬間には砕け散り、レスノアの最期はあっけなく終わった。


 緑色の体液が垂れ流れる戦場を、呆然と眺める護の前に氷花が降り立つ。

 変身を解除した氷花の口が動き、


「いい加減に学んでください。私に足手まといは不要なのだと」


 それは正面に立っている護への言葉ではなかった。

 耳に付けた無線機に訴え、期待した返答が来なかったのか顔を曇らせた氷花は護に目を配る。


「あなたに仕事はありませんので、早々に元いた職場に戻してもらえると思いますよ」


 それだけ伝えられたすれ違いざま、氷花がポツリと護の耳元で言う。


「良かったですね」


 氷花が去った戦場に一人取り残された護は、今の言葉を何度も反芻する。だが、何度咀嚼しようがその言葉は消化しきれない。

 神経を逆撫でするような一言に、エリート軍人としてのプライドを傷付けられた護は怒りを我慢しなかった。


「良かったわけないだろ」


 言い返したのがそんなに意外だったのか、足を止めた氷花は振り返る。


「守護隊の死亡率は六割超えです。それに比べたら通常の軍にいたほうが遥かに安全かと思いますが」


「確かに俺は時間稼ぎ隊なんか入りたくない。だがな、俺は俺の実力に誇りがあんだよ。それをズタボロにされて良かったわけないだろ」


「なら早急に私の元を去ったほうが自身のためになりますよ? そのちっぽけな突けば破れるようなプライドが粉々になり、思い詰めた挙句に自殺でもされてはたまりません」


「――っ!」


「それとも、足手まといの仕事で給料をもらいたいですか? 確かに割のいいバイトですね。私についてくるだけで大金がもらえますから。寄生虫のような生き方がお望みなら無理にとは言いませんが」


 どういう教育をされればここまでムカつく人間が出来上がるのか。

 容姿やスタイルは抜群にいいが、性格に関しては護がこれまで出会ったどんな人間より捻じ曲がっている。護の嫌いな人間ランキング一位が更新された。


「そ・う・で・す・か! わかりましたよ、世界最強さん。お前みたいな性悪女とは同じ空気も吸いたくない。こっちから願い下げだね!」


「地球にいれば誰しも同じ空気を吸うことになりますが……」


「うっせぇ!」


 啖呵を切った護は氷花の横を通り過ぎ、一直線に駅のホームへ向かった。



 * * * * * *



「なんか面白い番組でもやってないかねぇ」


 氷花から足手まとい認定された翌日、軍からはまだ転属の命令を受けていない。

 今日も氷花の変身時間を稼ぐ任務が下されているが、久しぶりに護は無断で欠勤した。


「ストレス溜まってるし、適当にお笑い番組でも見るか」


 一人暮らしのアパートにて、ソファーでくつろぎながらリモコンを操作する。しかし、胸を埋め尽くす鬱憤を晴らせるような都合のいい番組などなく、気まぐれに選んだお笑い番組をつけた。

 それから何分もの時間が流れ、護の表情筋は一貫してピクリとも動かなかった。とても、お笑い番組を見る姿勢ではない。

 それを自覚して、

 

「……チッ、あの女のせいで笑えるもんも笑えんな。じっとしてても胸糞悪くなるだけだし、ボランティアパトロールにでも行くか」


 これといった趣味のない護は、暇潰しがてら近隣住民の悩みを無償で解決してやろうと思い付く。

 それなら無断欠勤のお咎めも多少は和らぐ。なんてことは希望的観測に過ぎないが、どちらにせよやることがないのだ。

 本当は軍に戻ってトレーニングでもしたいところだが、無断欠勤した身で堂々と軍の門をくぐる勇気は護にない。


 暇潰しは決まったなと立ち上がり、リモコンの電源ボタンに人差し指が触れる、直前、操作していないはずのテレビ番組が勝手に切り替わる。

 お笑い番組もまだネタの途中だったのに、番組表に載らない後続となったのは、『緊急速報』という名の臨時ニュース。


「――は?」


 上空からリアルタイムで撮影される映像が護の家のテレビに反映され、その光景を見て人差し指は止まる。

 そして、続くアナウンサーが朗読した台詞で、護の手からはリモコンが滑り落とされた。


『――『世界最強』の称号を持つ攻奈氷花さんが、第11地区に出現した新種のレスノアの奇襲を受けました。日本各地から魔法少女が派遣されましたが、多数のベータに阻まれ、攻奈さんの安否は未だ不明とのことです。近隣住民の方は急ぎ避難をお願いします』


 あり得ない、あり得てはならない内容を報じたニュースだった。

 昨日、悪態をついて、つかれて別れた性悪女でも、あれでも仮にも『世界最強』の名を背負う魔法少女。それが、人類の敵からの奇襲を受けて敗れた。

 そんなこと、あってはならない。

 故に、護はそのニュースを半信半疑で聞き入れたが、こんなときにあの女の発言を反芻させる。


『足手まといは不要です』


 自身に満ちた言葉だった。

 だが、よくよく考えてみれば皮肉なものだ。なにを隠そう、それは『華の』と付け足される女子高生の口から発せられたのだから。

 可憐な華から飛び出した言葉にしては、えらく物騒で貫禄ある台詞じゃないか。


 本来は守られるべき立場にいる少女が、核兵器にも勝る力を有した結果があの攻奈氷花という人物なのだろう。

 実際、彼女には自身を守る存在など不要だったのだ。一体、『世界最強』を誰が守れるというのか。

 彼女の言葉は事実であり、無意味な皮肉や悪態とは本質的に違う。

 とはいえ、そんな分析を横に退かせば、ただただムカつく女に変わりはない。


 それに、当の本人が言っていたのだ。『足手まといは不要です』と。

 それに、護も思ったはずだ。『一体、『世界最強』を誰が守れるというのか』と。


 新種のレスノア――第三波『ガンマ』とでも言うべきその生物の奇襲を喰らおうと、意に返さずに倒してしまうから『世界最強』なのだ。

 今回も誰の手も借りず一人で変身して、心配を損にさせるほど難なく敵を討ち倒すのだろう。


「――――」


 心中での葛藤に決着が付き、テレビを消した護は支度を済ませる。

 その服装は装備などないラフな格好で、戦場には行けずとも近所のボランティアにはちょうど良かった。


「さて、往きますかね」

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