61・雪上での戦闘──Ⅱ


 地上から見ているので気が付かなかったが、カルヴァの兵もマーノスト国軍も南北に広く展開していた。どちらも相手の背後や横を取るために躍起になっているのだ。数で劣るカルヴァは不利とも言える。


 第十一部隊セヴォトリエから南に数百メートル離れた位置で、第二部隊インクリューが敵の回り込みを阻みながら戦闘を行っている。モグラやシロクマ、その他アルビノの獣人で構成されたこの部隊は、雪上での戦闘が得意分野だ。その色素は薄く、目で見ただけではどこにいるかわからない。実際にマーノストの兵たちもめちゃくちゃに銃を撃っている。


 《視界ノック》を使おうとした僕を押しとどめて、シロツキはくんと鼻を利かせた。

「この近くだ。──第三部隊ルートニク・シロツキだ! 怪我人を引き渡せ!」


 低い声で呼びかけると、モグラらしき男性が雪から姿を現した。


「ここだ。一人ずつで構わない。こいつから運んでやってくれ」


 彼が雪をかき分けると、右の太ももに銃創のある男性が姿を現した。血管が露出するほど傷が深いが、周辺の皮膚が凍っていて出血はそこまででもない。


「捕まってください」

「お前……そうか、第三の人間か」


 彼は苦笑した。


「人間に助けられるなんて、俺の爪もなまくらになっちまったか」

「違いねぇ。後衛に下がって出直して来いよ」


 モグラの男性が笑った。


「頼む」

「ええ」


 彼がこちらに手を伸ばした。僕は彼を抱え、即座に退く。背後から「カバー」と叫ぶ声が聞こえ、まだ動ける第二部隊インクリューが辺りに雪煙を立てた。姿を隠すためだ。




 一キロ近い距離を下がり、カルヴァの入口に近づく。そこには第一部隊ガーティアルが強固な陣営をくみ上げていた。


第二部隊インクリューの怪我人を運んできた。急ぎ治療をしてくれ」

「怪我人だ。みんな道を開けろ!」


 人波が二つに別れ道ができる。その先に第十二部隊ヒルノートの簡易ベッドと怪我人用の台車が置かれている。男性をそこに預けて、戦場へ戻ろうとすると、


「人間」

 背後からゼノビアの声が引き留めた。


 振り返るとたしかに女王その人だ。その躰を黒爪の鎧で固く覆っている。こんなところにいて大丈夫なのだろうか。


「どうして戦場に」


 彼女はにっと口端を持ち上げた。


「指示を出すには近い方が都合がいい。それに口先だけの王にはなりたくない。私のポリシーだ。──それはそうと、前線はどうなっている?」


 シロツキが代わりに応えた。


「《無音船ティファロッド》の八割が落下。もうすぐ地上対地上の戦闘になるかと」

Λラムザは見たか?」


 僕とシロツキは同時に互いを伺った。


「まだです。僕らが見える範囲にはいませんでした」

「かなりの威力が予想される新兵器だ。投入しないはずはない……。どこかで機会をうかがっているはずだ」

「早めに《視界ノック》を飛ばすべきですか」

「いや、お前の力はまだ消耗すべきじゃない。予定通り《無音船ティファロッド》が落ちてから発動しろ。──怪我人は第二部隊インクリューか?」

「三人が負傷しています」


 シロツキがいうと、女王はわずかに思案し、ふところから地図を取り出した。


「わかった。第十一部隊セヴォトリエの数名を守備に回すよう通達してくれ。お前たちはメリーと共に敵を横から殲滅。その後怪我人二人を回収して戻れ。往復の回数を減らすために、メリーにも一人怪我人を任せろ。いいか?」

「はい」

「了解」


 彼女は地図をしまい、「頼む」といった。




 僕らは再び雪の中に飛び出した。


 第十一部隊セヴォトリエの盾に入り、カバの獣人に女王の指示を伝える。彼は快く五名の兵をあっせんしてくれた。

 その五名が第二部隊インクリューの方へ向かうのを見届け、今度はメリーを探す。ちょうど第三部隊ルートニクの前衛と後衛が入れ替わるタイミングだった。


「副隊長!」

「っ、うん!」


 メリーはほこりでも払うかのように銃弾の一つをはじき、僕の方へやって来た。


「動けてるみたいだね。何か御用?」

「陛下からの指示です。一緒に第二部隊インクリューの敵を殲滅しろと。怪我人が二人います」

「わかった。楓クン、負荷は?」


 斜面での戦闘と言うことも相まって足に負担がかかっているものの、まだ限界には及ばない。訓練のおかげだ。


「大丈夫です。おかげさまで」

「それは良かった。じゃ、さっそく──、っ。伏せて!」


 突如メリーは5メートル近い跳躍をした。彼女の黒爪が何もない中空に伸ばされる。その瞬間、敵陣から黒いシルエットが飛来して引き裂かれた。


 シロツキがとっさに僕を地面へ押し倒す。頭上で爆発が起こった。耳がキンとする轟音が過ぎ去った後で、メリーが着地。僕を助け起こす。


「結構な距離を飛ばしてきたね」

「……今のは?」

「単発型の榴弾砲ラズカータ。ちょっと危なかった」


 あのスピードで飛んでくる爆発物を、着地点を予想して切り裂くなど、メリーの視野の広さはいったいどうなっているんだ。呆れに近い関心を抱きつつ、僕らは再び南に走った。


 第十一部隊セヴォトリエが銃撃を防ぐ傍ら、第二部隊インクリューの怪我人二人はじりじりと後退している。メリーと僕らはそこに横から奇襲をかけた。


「ぐぉッ!?」


 メリーに胸を蹴り飛ばされた兵が数メートル吹き飛んで沈黙する。間近に見た獣人の勇士に恐れ、彼らの指揮系統は一瞬間機能しなくなる。その一瞬が勝負だった。


「《踊猛エテル・チェテル》」「《視界ノック》」


 殺さないためには。

 殺さないためには、えっと──、

 まずは武器を使うことを辞める!


 僕は銃相手に体術で挑んだ。一発撃った直後の兵を狙って腹を突き、武器を奪い、地面へ投げ落として、一人ずつ無力化していく。


「化け物……ッ!」

「《過剰オーバー》」


 シロツキが僕を強制操作して回避行動をとらせる。黒爪を纏っていても銃弾は脅威だ。至近距離で食らえば薄いところが破砕するし、衝撃はとうぜん内部の体を襲う。


「ありがとう」

「まだここからだ」


 斜面にスライディングをかまして敵の狙いを大幅にずらす。雪煙を立てるのはさっき第二部隊インクリューがやっていたことの真似だ。そのうちにメリーの触手が敵の半数以上を締めあげて武器を打ち壊した。残り半数に目を向けると、いつの間にか駆けつけていた第二部隊が相手を取っている。


「十分だよ。怪我人を預かって退こう!」

「はい!」


 第十一部隊セヴォトリエの盾に休んでいた二人をそれぞれ抱え、後衛へ向けて足を動かしたとき。


「通達!」


 空から声がした。第七部隊オウロエルの獣人が飛んでいた。


「マーノスト後衛にて魔動兵装の展開アリ! 回避行動をとれ!」


 魔動兵装。

 聞き慣れない単語に胸がざわつく。


「メリー」

「ちょっとまずい。走って!」

「ッ」


 いつものふざけた雰囲気はどこへやら。鬼気迫る表情の彼女。僕は何かが迫っているという焦燥と怪我人を抱えて後退していった。




 前線を退いて銃撃の雨から逃れた。


 と。


「来るぞ──ッ!」


 誰かが叫ぶ。


 振り返ろうとした僕をメリーが投げ飛ばした。




 逆さに転がりながら僕が見たのは、戦場を二つに裂く一本の線。熱を纏った紫色の光線だった。地表の雪を削り、岩を熱し、斜面を駆けあがるそれ。ほんの一瞬のできごと。

 その中にいた獣人たちはいったいどうなったのか。光線が空へ飛び去り、遠くの雪雲に穴をあけた後。射線上には露出した岩肌といくつかの黒爪だけが落ちていた。




 なんだ。何が起きた。


「止まるな、人間」


 僕の抱えた獣人が苦々しく言う。


「頼むから、俺にこの光景をもう見せんな」

「楓クン」


 メリーが走り出す。

 混乱の中で彼女を追うことしかできない自分がいる。


 今のはなんだ?

 あそこに落ちている黒爪は誰のものだ?

 あれの使用者は……。


「考えるな」


 シロツキが耳元で囁いた。


「考えるな」


 そう繰り返し、首元に回された彼女の腕はかすかに震えていた。






 怪我人を後衛に引き渡してから前線に戻ると、ファロウが待ち構えていた。


「《無音船ティファロッド》は一つ残らず落とした。使うなら今だぜ」


 隣にいたメリーが僕の肩に触れる。


「落ち着いてね。きっとうまくいくから」


 僕はそれを振り払った。

 二人が驚いた顔をしたことも、シロツキがひっそりと息を呑むのもどうでもよかった。


「なんでそんなに平然としてるんですか」

「……楓クン」

「さっきのに巻き込まれた人たちはどうなったんです。撃ったのは人間なんですか。そもそもあれは何なんですか!?」

「落ち着けよ」


 ファロウに強く掴まれた手首がずきりと痛む。言葉通り人外の力。


 落ち着いていられないのは、戦場でこんなに戸惑っているのは、僕が人間だからか。人間と獣人がどうしても違う生き物だからか。

 そんな考え方は嫌だ。違う生き物だと理解を拒んだら共生なんて叶いっこない。でも。


「理解できません」


 しばらく二人は僕を見咎めた。こっちが引く気がないのを察すると、ファロウはため息をつく。


「お前をここに配置したのは間違いだったかもしれねぇな」


 彼はそうして飛び去った。

 残ったメリーが僕の胸を軽くつく。


「ね、楓クン。私たち獣人が怖い?」

「なんでそんなこと」

「いいから」


 真正面から瞳を覗かれ、思わず視線を落とす。


「……少しだけ」

「私たちも人間が怖いの。力の差では有利でも、文化や戦争においてそうだとは限らないから。違うことを恐れてるのは君だけじゃない。きっとシロツキだってそうでしょう?」


 背後を伺うと、彼女が耳元で頷いた。

 メリーは続けた。


「でもね、私たちがここで平然としているのは、私たちが獣人だからじゃないの。そうしないと自分以外の誰かに被害が及ぶって知っているからよ」


 彼女はまだ数の残るマーノスト軍へ向き直った。


「知りたいなら教えてあげる。さっきのは魔動兵装=Aエーテル。人間が私たちを殺すために撃ったの。一戦につき一発の特大兵器よ。巻き込まれた獣人は生命力のすべてを奪われて体組織ごと消滅する」

「消滅……でも僕なら」

「立ち向かえると思わないで。あれ自体が高熱を纏ってるの。人間の場合は大やけどを負うわ」

「それを知ってて、」

「ええ。嘆く時間は戦闘後にいくらでも取ってあげる。いまはできることをしましょう。お互いに──」


 メリーがそっと右手を差し出す。


 遠い。ずっと遠い。


 いくつ心を殺せば彼女のようになれるんだろう。いくつの戦場を経験すれば。ああ、くそ。自分への悪態ばかりが毒になって体を熱くする。メリーを殺さないことができるようになるのは、ずっと先だ。


 それでも僕は安堵している。怖いのが自分だけじゃないことが。言外に同じだと言われたことが。


 手を握り返した。


「大丈夫」


 彼女がいった。

 じわり。景色が傾ぐ。


 微笑んで立ち去ろうとするメリーを僕は引き留めた。


 使うなら今かもしれない。

 もう《無音船ティファロッド》は落ちたのだから。

 両目を閉じて唱える。




「──《視遠ハザット》」




 知覚が空を駆ける。

 俯瞰したまま数百メートルの距離を進む。


 上空ではファロウが弾丸を避けている。第三部隊ルートニクの面々が地上のそこここで攻撃を引き付けている。鮮血が雪上に落ちては染めている。最前線にグレアの姿がある。数百の人間を相手に一歩も引かない大立ち回り。


 意識はさらに進む。

 そこにいるのは。まだ大量の人間。

 手に持ってる。なにを?


 あれは──。


 人間の列の先に二艘の《無音船ティファロッド》。

 そのうち一艘の、楕円形の先端がこちらに向けて開かれた。透き通った巨大な石が金属の柱に磔にされている。そこに紫の光が集まって……。


「ッ!」


 両目が弾けるほど痛んだ。

 知覚は急速に回帰を始めた。

 今来た道を戻るように。


 《視遠ハザット》はつい三日前に習得した。《視界ノック》の意識を一方向に傾け、知覚範囲を急速に拡大しているのだ。使っているあいだ僕自身は無防備になってしまうし、距離が延びるほど疲労も増える。目を閉じていないと意識と知覚に誤差が生まれて頭痛がする。使いどころを考えないと危険な技。

 シロツキやゼノビアにはと呼ばれていた。


 それにしても、今見たモノはなんだ。

 あの紫色の光って、さっきの──。


 震えが走った。

 ほとんど反射的に僕は叫ぶ。


Aエーテルの第二撃が来ますッ!」


 背後のシロツキが息を呑む。メリーが顔色を変える。盾を形成していた第十一部隊セヴォトリエは眉をしかめる。


「何言ってんだ、一回の戦闘で二発も打ち込まれたことは歴史上ねぇんだぞ!? 戯言ざれごと言ってる暇があったら怪我人を助けろ!」


 もしもその「経験」を獣人たちが信じているなら。


 僕は咄嗟に背後へ振り向いた。不幸なことに予想通りだ。カルヴァの兵たちが反撃のために押しかけている。第三部隊ルートニクが切り開いた中央の道には敵がほとんどいないのだ。そこに打ち込まれたら被害は数十ですまない。


「メリー!」


 シロツキが訴えるように叫ぶと、彼女は高く指笛を吹いた。そこにいた全員が振り向く。


第三部隊ルートニク副隊長として指揮の優先権を発動するわ! 総員南北に散開! 回避行動をとって!」


 獣人たちはまだ腑に落ちぬ顔で、それでも続々と動き始めた。

 時を同じくして空からファロウが戻ってくる。指笛は彼を呼ぶ合図だったのだろう。


「どうした、副隊長」

「楓クンがAエーテルの二撃目を読んだわ。今すぐほかの部隊を引かせて! 特に中央を通る獣人たちを!」

「了解!」


 去り際のファロウが僕の頭をぐしゃりと撫でた。

 よくやった。そう言われた気がした。


「シロツキ!」メリーが続けて叫ぶ。


「はい!」

第二部隊インクリューを山脈の岩場まで退避させて。最優先行動と伝えて構わない! 私は北側の部隊を退かせる。──ここからは単独行動になるわ。楓クンを守って」

「っ、了解」

「お願い!」


 僕らは間もなく動き始めた。さっき怪我人を助けた一件で第二部隊インクリューは僕の顔を知っている。指示はとどこおりなく伝わり、彼らはすぐに退避を始めた。


「楓、私たちも退くぞ」

「わかっ──」


 高い金属音が耳元で響いた。振り返ると十名単位の歩兵部隊がこちらに銃器を向けている。慌てて跳躍し続く二発目を回避。すると斜面の中に狙いをつけた兵を見つける。


 《視界ノック》で読んだ着弾地点は僕の脇腹。まずい。


「《過剰オーバー》」


 空中の僕らは半回転した。


「シロツキ──、っ」


 砲声。衝撃が僕らを押す。


 黒爪の薄い背面には鉛玉一つ分の穴が開き、その下にあるシロツキの柔らかな背中を打ち抜いた。血しぶきが舞う。鉄と硝煙の香り。


 体を覆っていた鎧が液体のように溶けて、僕らは宙に投げ出される。

 急いで彼女を抱き寄せ、背中から落下した。

 声にならない息が肺から押し出される。


「お前っ……人間かッ!?」

「どうして、」

「まさか裏切ったんじゃ──」


 間近で銃を構えたマーノスト国軍の兵たちはそこで声を止めた。

 不思議に思って視線をあげた僕は余りの光景に絶句する。


 一番近くに立っていた男の首が裂かれ、大量の血があふれ出していた。


「あ……ぁ」

 意味をなさない声が漏れる。


 彼の前に立つシロツキの手には一本の刀剣が握られていて、切っ先に生暖かい血が張り付いていた。彼女は横目で僕へ振りむくと、


「すまない」


 そう言って、男たちを皆殺しにした。銃弾のすべてを機敏な動作で避け、伸長する刀が敵の四肢を切り裂く。音を置き去りにする左右の動き。人間を屠るための悪夢のステップ。


 やがて生存者が僕たち以外にいなくなった。シロツキは返り血にまみれたまま僕の前に膝をつく。


「私に人を一方的に殺す力が潜んでいること。後でいくらでも罵ってくれ」


 僕は唇を噛む。あらゆる感情を殺して、「ありがとう」を言った。僕が振るべきだった刃を代わりに振ってくれてありがとう。助けてくれてありがとう。


 シロツキは悲し気に笑った後、再び僕の背中に戻って互いを包んだ。


「ほかの部隊は逃げ切ったかな」

「わからない。少なくとも被害は減らせたはずだ。今は私たちの方が危ない」


 頷いて、前線を退く。第二部隊インクリューが退避した岩場にこもって一分も経たないうちに、予知通りAエーテルの二撃目が地表を揺らした。


 そこに潜む人々は首をすくめてそれを眺めていた。


「あそこ、さっきまで俺らがいた位置も入ってるぜ」

「……ずいぶん恵まれたモンだな」

「そりゃ運にか?」

「ま、それもあるが。なぁ?」


 モグラの獣人が僕の肩を叩く。


「味方にも、ってもんさ」

「違いない」

「ナイスだ。人間」

「ええ。シロツキのおかげです」


 メリーを動かしたのはシロツキの呼びかけだった。あれがなければ指示は飛ばなかっただろう。それに、第二部隊インクリューの人々は素直に従ってくれた。味方に恵まれているのはお互い様だ。


 空を割くシルエットが降下してきた。

 見ると、覚えのあるフクロウだ。


「イヴ!」

「ここで会うとは、思わなんだ」

「そんなことより、どうしてここに」

第七部隊オウロエルより伝令だ」


 前より早口で彼女は言う。


「敵の最後列にある二艘の《無音船ティファロッド》がAエーテルの使用者と見て間違いない。それらは共に力を使い果たしている。残りは逃走か、それを守る戦闘行為しかできないと現段階では予想される。各自判断で敵の殲滅に戻れ」

「わかった」

第二部隊インクリューも同じだ」

「了解」


 口々に言って、彼らは再び雪の斜面へ舞い戻った。

 イヴはやはり知らないうちに飛び去っていた。


 そういえば、メリーは無事だっただろうか。ファロウたちは。中央を走っていた獣人たちは。探しに行きたい欲求をぐっとこらえ、僕は元の持ち場に踵を返す。




「見つけたぜ」




 背後から男の声がした。


 振り返る間もなく火薬が連続で爆ぜる。シロツキが僕の耐えられる限界速度を超えたスピードで回避する。銃声は止むことを知らず、回避もとめどない。歯を食いしばる。耐えろ。


 《視界ノック》の知覚範囲の中、二十数名の人間がΛラムザを構えていた。彼らは全身を雪と同じ色の毛皮で隠している。上空から見ただけでは気づけないだろう。イヴから報告がなかったわけだ。


 前衛と後衛の交代で持久力が増すのは獣人だけじゃない。彼らも交代で銃を撃ち、僕らから息をつく暇を奪っている。まさか地形の厳しい方向から回り込んでくるなど予想外だった。攻勢に転じる時間がない。回避の速度に目が回る。


「ッ、アっ、」

「楓ッ!?」


 けほ、と咳をしたら唾液に血が滲んでいた。


「止まるなッ!」


 シロツキに指示を出す。

 避けながら退け。

 Λラムザのことを誰かに伝えないと。

 

 早く。早く。


 けれど。

 どど、と二発の衝撃が体を襲った。

 シロツキが呻く。


 ぞっと血の気が引く。


 こいつら──。

「殺されてぇのか……ッ!」


 僕一人が立ち向かったところでどうにもならない。それをわかっても、なお耐えられなかった。シロツキがお前らに何をした。クソ、クソッ。


 一撃だ。僕の体に銃弾が数十の穴をあけるまでには、一撃切り込む時間しかない。刺し違えてでもいい。こいつら全員の首を飛ばすッ。


「《尖爪アドノエル》」


 全身をまとう黒爪を刀に変換し、振った瞬間、僕とマーノスト国軍のあいだに巨大な壁ができた。全力を込めた刀さえ、連発するΛラムザの銃弾さえ弾くその硬度。見覚えがある。


 顔をあげた。そこにライオンの顔があった。


「グレア、隊長」

「お前の隊長ではない」


 彼はそう言って、敵に向き直った。


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