53・凱旋式──Ⅲ
「集まってくださったカルヴァの皆様」
自分の声がやけに高く響く。それもそのはず。大広間にいる誰もかれもが僕の声に耳を傾けているんだから。緊張で声が喉に引っかかった。つばを飲んで、乾いた声帯を少しでも癒す。
「僕は楓といいます。前世でシロツキの飼い主だった人間です」
反応をうかがう。多くの獣人はじっと睨むような視線を僕に向けている。この中で話すのか。そう思うとやっぱり心臓が早鐘を打つ。
「僕のことを初めて知る人もいるかもしれません。でもどうか、僕が獣人に危害を加える気がないということを信じてください。前世では人間と動物たちは共生していました。僕はそのままの価値観でここに立っています。その上で、不躾を承知で言います。僕の考えを聞いてください。僕は──」
一つ息を吸い、ゼノビアを振り向く。
「人間と獣人の共生を、実現したいと考えています」
女王の赤い瞳の中、僕の背後で跪いていた奴隷の一人が音もなく立ち上がる。振り返ると爪が眼前に迫っていた。僕はぎゅっと目をつぶる。
「ッ……!」
頬に鋭い痛みが走った。観客からどよめきが起こる。
追撃を覚悟して立ちすくむ。でも二撃目はない。
目を開けた。シロツキの黒爪が鳥の獣人らしき女性を抑え込んでいた。捕らわれた三本の爪に、血の雫がぶら下がっている。
「どういうつもりだ」
シロツキに睨まれた少女は、アルトを思わせる、しかし張り詰めた声を出した。
「シロツキ様っ、なぜこのような男に付き従うのですか!? 人間によって汚泥を
ほかの兵たちが駆け寄ろうとするが、シロツキがそれを制する。
「共生といっても」僕はいった。「同じ場所で暮らす必要はないんです。場所はたがえても、戦いなく平和に暮らすことができれば」
「そんな腐った理想がかなうはずあるか」
「叶います」
一つ見栄を切った。
「僕は、いいえ、僕と僕の妹は、獣人であるシロツキを大切な家族だと思っています。つまり今、マーノストとカルヴァに同じ思想の人間がいる。これをチャンスだとは思ってはくれませんか」
「いったいなんのチャンスだ」彼女は吐き捨てる。「カルヴァを転覆させる好機か?」
「不毛な争いをここで止めるための機会です」
「人間などに止めてもらわずとも、戦時下だろうが私たちは生きていける」
「ええ。そうかもしれません」
僕はうなずく。
「あらゆる我慢をすれば、ですが」
「なに?」
「この国に溢れる我慢をひたすら無視すれば、生きていけるかもしれません。食物も、充分な土地も、行く先の安定さえも、ぜんぶ諦めれば生きていけます」
果物の味を知らずに育つ子供たち。植物性資源の圧倒的な不足。マーノストに捕らわれた幾人もの獣人。
そうだ。僕が見ているこの国はずっと不穏だった。地の底に隠れた不安定な未来を誰しもが無視している。無視しようとしている。
でも、お節介かもしれないけど、それって健全なのだろうか? いつか来る危機に怯えながらひっそりと暮らすことが?
「人間を恨むなとは言いません。マーノストで行われている行為は非道極まりない。同じ人間として恥ずべきことだと理解します。でも、獣人に歩みよろうとする人間もいるんです」
群衆へ振り向く。
「あらゆる問題が解決するかもしれないんです。可能性はたしかに低い。でも動かなきゃずっとこのままだ。僕に戦争を止めるチャンスをください」
まだ弱い。
きっとこの言いかたのほうが合ってる。
「僕を使ってください」
そういって頭を下げた。
大広間はひたすらに静まりかえっていた。ただの一人も反応せず、しんと冷たい空気だけが部屋を満たしている。
「とんだ演説だな」ゼノビア王女がいった。「不可能とは、言わないでおくが」
0.1%だろうが、それは希望のある確率だ。
彼女は獣人たちへ振り向いた。
「ここで公表されたすべての情報を吟味し、これからの人間の扱いを責任をもって決定させてもらう。──ここに集まった皆様方においては、すべての帰還者を祝して解散としよう。それぞれのある場所へ」
獣人たちは席を立ち、続々と広間を出ていく。
玉座の前に跪いていた少年。僕らが助け出した二十人のうちの一人を、母親らしき女性が抱きしめた。
「お母さん……っ!」
「おかえり」
二人はきつく抱擁して涙を流す。そして、僕の方を振り向くと、ひとつ会釈した。
「あ」と声がもれた。慌ててお辞儀を返す。
ありがとう。少年がいった。
それだけで十分だった。どんな辛いことも、その報酬で元が取れた。彼らは人の流れに乗って外へ出ていった。
「楓」
シロツキが僕を呼ぶ。ファロウとサジールもそこにいた。
「驚いた。急にあんなことを言い出すなんて」
「ずっと言おうかなって思ってたんだ。どうやって生きようかって考えた結果がこれ。死んじゃう前に、シロツキに安心して暮らせる世界をプレゼントしたいなって」
「ずいぶん大きなことを言うんだな」
彼女は微笑んだ。
「知らなかった。お前がそんなに無謀だとは」
「がんばるよ。無理って言わせないくらいに」
「甘ちゃんが何言ってんだが」
サジールが息をついた。
「とりあえず帰ろうぜ。もうへとへとだ」
その場にいた全員がうなずく。
「人間」呼ばれて振り向くと、ゼノビアがいた。「今日の夜、この広間の前に来い」
「どうしてでしょう」とシロツキが警戒の視線を向けた。
「そうカリカリするな。とって食べるわけでもない。いくつか話をするだけだ」
「でも」
「わかりました。今日の夜」
僕の返答にシロツキがむっとする。
ゼノビアは僕らに冷ややかな視線を残して立ち去った。
「……目ぇつけられたな」
サジールは苦笑した。
「まぁ、もともと人間だから当たり前か」
「そうかも」
シロツキはふんすと意気込む。
「私もついてく」
「どっちが目ぇつけてんだか……」
ひとまず、僕らは階下へ戻った。
凱旋式はあっさりと終わったのだった。
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